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フィオラが現れたときも、空気振動ではない念の直接認識のような伝達手段も、この世界のルールとは根本から異なる別種の世界のルールのようで、その異質さはこちらで生活している私にとっては喪失していた記憶が戻る以上の驚きだった。最初の頃は道徳の先生かとも思ったフィオラが強烈なまでに強調する内容が、「京都府綾部市上野町上野へ遷都した」だった。言うまでもないが、私にも一から十まで意味不明だった。フィオラはこれを伝えるのにサイレンをBGMのように鳴らし続けた。天津の爆発事故の直前には中国語で歌を歌い続けた。意図なんて私にわかるわけがない。エルサレム側も、誰がどういう意図で、こういう姉妹都市の関係を結んでいるのかわからない。単なる偶然だってありうる。地球にもヘソのような重要な部位があり、エルサレムは歴史的にも誰もが知る中心地だ。だが綾部市のことを知る人間がいるなら、それは霊的な知覚を持つ人間に限られる。しかもフィオラの言うことが正しいなら大本が予言していたこの地が稼働したのは「2016年の旧暦の正月」からだ。まだ1年と9カ月しかたってない。フィオラはこれから訪れる混沌で人が身体の命を失うこと自体を危険視しているというよりは、霊的な階層を昇ることに関して後悔しないようにすること、神との関係をどう進展させるとも自らの責任であることを私に思い出させることを主眼としているようだった。



預言のみ好きな信者はともすれば妖言過言(ようげんかげん)に脱線するなり
立替を世人のこととな思ひそ立替えするは己が身魂(みたま)ぞ
手も足も動かさずしてみろくの世早や来れかしと祈る曲神(まがかみ)
出口王仁三郎


エルサレムは単に地理的に要所であるのではなく、アブラハムの宗教全ての聖地であることが最大の問題である。このことがエルサレムの帰属をめぐる紛争の火種となっており、パレスチナ問題の解決を一層困難にしている。
・ユダヤ教にとっては、エルサレムはその信仰を集めていたエルサレム神殿が置かれていた聖地であり、ユダ王国の首都であった場所でもある。現在でも幾つかの神聖とされる場所が残っている。中でも嘆きの壁は有名で、これは70年にローマ帝国がエルサレム神殿を破壊したときに外壁の一部が残されたものである。
・キリスト教にとっては、エルサレムはイエス・キリストが教えを述べ、そして処刑され、埋葬され、復活したとされる場所である。それらの場所には、現在はそれぞれ教会が建っている。ゼカリヤ書12章では「地のすべての国々はエルサレムに集まって来る」とある。
・イスラム教にとっては、エルサレムはムハンマドが一夜のうちに昇天する旅を体験した場所とされる。コーランは、メディナに居住していた時代のムハンマドが、神の意志により「聖なるモスク」すなわちメッカのカアバ神殿から一夜のうちに「遠隔の礼拝堂」すなわちエルサレム神殿までの旅をしたと語っている(17章1節)。伝承によると、このときムハンマドはエルサレムの神殿上の岩から天馬に乗って昇天し、神の御前に至ったのだという。この伝承は、ムハンマドの死後から早い時期にはすでにイスラム教徒の間では事実とみなされており、神殿の丘におけるムハンマドが昇天したとされる場所にはウマイヤ朝の時代に岩のドームが築かれた。また、丘の上には「遠隔の礼拝堂」を記念するアル=アクサー・モスクが建設され、聖なる場所と見なされている。しかし、エルサレムは、メッカ及びメディナと同格の聖地ではない。なぜならメッカとメディナは、「禁域」とされ、異教徒の立ち入りや、樹木の伐採や狩猟などが禁止されているからである。一方、エルサレムは、ムハンマドの時代には東ローマ帝国の支配下にあり、「禁域」とならなかった。第2代のカリフであるウマルの時代に征服されたのちも、キリスト教徒とユダヤ教徒、ムスリムが共存する異教徒禁制とは無縁な国際的な宗教都市であり続けたのである。


エルサレムの友好都市
綾部市(日本国京都府)
ニューヨーク市(アメリカ合衆国ニューヨーク州)
トレド市(スペイン共和国カスティーリャ=ラ・マンチャ州)
グラスゴー市(イギリス国スコットランド)


今から五十五年前、一九五〇(昭和二十五)年に、日本の自治体に先がけて、綾部市は世界連邦自治体宣言を行いました。このときの提案者であった市会議員のお一人、梅原啓治さんはご健在ですし、故人では大本の米川清吉さんもおられました。当時の議長は村上義信さんでした。梅原さんに当時のことをお伺いしますと、パッと目が輝いて青年のお顔に戻られます。戦後の厳しい国内状況のなか、もう二度とあのような戦争をおこしてはならない…という梅原さんたちの深い思いから、その答えであり光明として「世界連邦」への動きが始まった…と拝察しています。ご存じの通り、日本でこの運動を提唱したのは尾崎咢堂(行雄)さんたちでした。敗戦の年、昭和二十年十二月に、国会議員有志三十名で、「世界連邦建設に関する決議案」が国会へ提出されようとしたのですが、占領下で日の目をみることはありませんでした。その後、賀川豊彦さんや、多くの人たちに運動は引き継がれてゆきます。ノーベル物理学賞を受賞し、アメリカに滞在中の湯川秀樹博士が、アインシュタイン博士と出会われたことも、大きな動きになってゆきました。原爆の科学的原理や可能性を発明したアインシュタインが、自分のおこなった研究が米国の原子爆弾製造につながり、ヒロシマ、ナガサキの原爆投下によって、何十万という多くの日本人を犠牲にした自責の思いから、訪問した湯川秀樹夫妻に、涙ながらに詫びられ、〝原爆の悲劇が起こらない世界をつくるのは、世界連邦しかない〟と、湯川博士にあつい思いを語られたということは、有名なエピソードです。その後帰国された湯川博士が、ご夫人のスミさんとご一緒に、世界連邦建設運動の先頭に立ってこられたことは、皆さまご存じのとおりです。そのような先人たちの大きな夢があり、その夢をひきつぎ、これから世界を担う青少年たちにも、ぜひ伝えていただきたいと念じています。
エルサレムとの姉妹都市化をきっかけに
西暦二〇〇〇(平成十二)年のことでした。大本さんの仲介もあり、エルサレムのオルメイト市長と姉妹都市の話が進み、市内のI・Tビルに駐日イスラエル大使夫妻をお招きし、二月九日にエルサレムとの姉妹都市締結の署名をいたしました。 当時はエルサレムのこと、イスラエル・パレスチナ間の中東紛争のことも、私は深くは理解していませんでした。〝イスラエルは、パレスチナ人を力づくで追い出し、世界中のユダヤ人が集ってつくった国ではないか、そんなところとワンサイドで姉妹都市の関係を結ぶとは…〟と、姉妹都市締結を危惧される方々もおられました。市役所に抗議のファックスなどが届き、イスラム教関係の方も抗議に来られました。私はゆっくりとお話を伺い、〝確かに綾部市はイスラエル側のエルサレム市と友好宣言をしたが、ご縁をいただければパレスチナ側の聖地でもあるその都市とも、当然に友好宣言することを約束しましょう〟と申し上げますと、皆さん、綾部市の真意は理解しましたと、仲の良い友人のような雰囲気で話し合うことができたのです。 歴史的な経緯などもあり、意見を異にする方もでてまいりますが、どんなときにも誠心誠意で対応することが、一番大切な姿勢だと思います。 これからも世界連邦を達成しようとする途上では、いくつもの障害があることでしょうが、先人たちの平和に対する深い思い、湯川、アインシュタイン博士らの強い決意、そして綾部市の平和都市宣言に携わっていただいた先人たちのご苦労、情熱や夢を変わらぬ原点として純粋にたち向かうなら、何も怯むことはないのであります。四方 八洲男(綾部市長) 2006年7月15日


綾部市がエルサレムと友好都市に 日本の自治体で初めて
イスラエルの首都エルサレム市と友好都市宣言を締結することになった京都府綾部市は九日、駐日イスラエル大使を招いて署名式を行い、四方八洲男市長が「世界の恒久平和を実現する」との宣言文書にサインした。エルサレム市と日本の自治体が友好都市宣言を結ぶのは初めてで、宗教法人・大本が仲介した。
署名式は午前十時から同市西町のI・Tビルで行われ、モシェ・ベンヤコヴ大使夫妻、大本の出口聖子教主、ヘブライ大学の辻田協二理事、地元各界の代表ら二百人が出席した。
綾部市は一九五〇年に日本で最初に世界連邦都市宣言をし、今回の友好宣言のキーワードは「平和」。エルサレム市のエフード・オルメルト市長がすでにサインし、綾部市に送付してきた宣言文書には「世界平和実現の共通目的を持って、友情の絆(きずな)を強める」と記されている。
両国の国旗が掲揚された会場で、宣言文書に署名した四方市長は「二〇〇〇年という大きな節目の年に、エルサレム市が平和へのパートナーとして綾部市を選んでいただいたことは日本、世界にとって意義がある」と喜びを語った。京都新聞 2000年2月9日
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