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上野遷都について、なんで『サイレン』だったんだろう? と感じている。
知らせたい、勘づかせたいことがあった。単なる強調のためだけとも思えない。旧暦2016年度から、「何か」をスタートさせた合図だったのだろうか。その場合何かとは何か?
人が道路工事をするなら、人の動きとして目に見えるのでわかりやすい。でも霊が計画して霊が動くと、肉眼に映らないのでとてもわかりにくい。中国のことだってそうだった。あんな独裁国家をどうやって「霊」たちが改心させるのだ? ヒトラーを止めたのだって最終的には人だった。独裁者になって人々を虐殺するような者が、霊の忠告をそもそも聞くわけがないのだ。でも地上でいまを生きる人々とも協力して、できることをやっていくということだろう。
勘で言うと、上野に都を移す一派は、少なくとも(日本の)向こう側では相当な大勢力で、日本国土の防御だけではなく、「建て替え」のために左遷の選別までやっている。もし2016年度以降に、想い言葉行動で「神との関係」を軽んじたり、強化しなかった場合は、それ相応の事態を覚悟せよ、ということあたりを言いたかったのかとは思う。


公園さんの引用から、その1は時期こそ4カ月のズレがあるものの「上野の都について」補強材料になるかもしれない。公園さんと違って私は大本に何の興味もなかったので(他の新興宗教にも、世界宗教にもない)、興味のない人間が霊聴で突然同じ系統の情報を受けるのもまた違った角度にはなる。
引用その2は重要で、こちらが公園さんの核となる主張。唯一神というのは、一霊四魂の「一霊=直霊(なおひ)=良心ではなく良心神」の部分であり、これが人間には貸し与えられているが死後するりと抜けてしまうということ。抜けて唯一神に帰還してしまうのであり、この世ではガイド・ナビゲーターとして人間を見守り続けている。だから生きていてそれが貸し与えられている間しか、(効果的に)自分を正せない、成長できないというシンプルで非常に説得力のある主張だ。何事も人の世は、直日(なおひ)に見直せ聞き直せ、身の過ちは宣り直せ、と歌っていたが、普段から直霊(良心神という唯一神)に従わないということがいかに畏れ多いことか、じわじわ実感される主張だ。


↓以下 引用その2


どうして「国常立尊」とか「天之御中主」と名乗らずに、【唯一神】のみを神とせよと言われたかです。それは【人の魂には天帝の分魂である直霊】が存在しており、その「直霊たる良心神」を唯一神として仰ぐなのです。それが天帝とつながる道だからです。私が説いている【人に内在する良心神】とは人であったお釈迦様の悟りであり、神々や霊魂達の悟りではないのです。ですから、霊には良心神は解らないのです。私は神霊界に修業に入って、アレ! と違和感を持ったのは、【神々には良心というものが存在していない】だったのです。私が説いているこの【良心】神とは、天帝の分魂であり、日本神道では古来より【直霊】として説かれて来たものです。この「直霊」はこの世の肉体を持つ人が死ぬと、「直霊」はその人の魂に着いて霊界に行くのではなくて「天帝そのものに帰還する」であって、霊界に渡った私達の魂の中からは良心神たる直霊の働きは消えてしまうのです。


↓以下 引用その1



6月15日に神の「聖都」の幕開き?
上野公園から神之公園に名を変更させてもらいます
2016.06.20 Monday by 神之公園
それがどなたなのかは定かではないのですが、この6月13日に私が名乗っている「上野公園」の名前を改めて、「神之公園」に変えなさいとの指示を受けましたので、私の名乗り名を「神之公園」に変更させていただくことにしました。
名前の変更理由は、【綾部は神の聖都であり、その聖都を6月15日から開くにあたって、私の名乗りを「神の公園」に変えなさいです】。
私の名乗りと「神の聖都」がどうつながるのかの内容はまだ詳細にはわからないのですが、日本が出した人類史上世界最高の予言者とも言える大本教の出口王仁三郎聖師は、【綾部は神の聖都】と【真性みろく神業は綾部の上野町から起きる】と予言されています。
私の2番目の言霊の師匠はわざわざ遠国から綾部に来て、その上野町に最初は居を構えていました。その「真性みろく神業は上野町から起きる」の予言からでしょう。
その上野町から大本教神諭は予告はしたけれども大本教からは出せなかった「九つ花」に基づいて、五六億七千万の仕組みと「みろく」を解説発信している「真性みろく」の意味を秘めたのが私の【上野公園】の名乗りです。
私はこの地に住んだことから大本教神諭予告「九つ花」から来る言葉の意味と仕組みを理解したのであって、他の土地からでは絶対に出せなかったでしょう。
私が住現在んでいる土地は、大本教の出口王仁三郎聖師さんが生前に一部の信徒に「教団には内密でそれらの土地を死守して欲しい」と頼まれた土地の一角が、その子孫の代から私の母の物となった土地です。
為に、過去にそうした隠れた経緯があったなど何も知らずに、私の母親が晩年に手に入れた土地であり、豊受の神様からこの土地で神業が出来る人間は私とその家族のみと言うことで、詳しい経緯も解らずに住んだ土地です。
そこにあった大本教信徒の方が建てた古屋を解体した時、その棟上げ式が大正9年てあったことが梁に残された文字から判明しましたので、大本教霊界物語が出たのが大正10年とされますのでそれ以前から、教団にすら内密で布石が打たれたいたとなります。
それは大本教の出口王仁三郎聖師さんが生きている時代ではなく、大本教でその土地を所有していたとしても自分の子孫の代ではこなすことが無理な神業だと理解されていたのかもしれません。やかで出るどこの誰だか解らぬ者がする神業です。
私の前に大本教の出口王仁三郎聖師霊や出口なお開祖霊が出て来られたのも、そうした神業の流れの中に私自身が置かれたということのようです。
私の修業は「国常立尊」様の手では行われず、伏見稲荷大社の豊受様の指導の下で積んだのですが、その豊受様が【綾部は神の都ぞ。神の都ぞ。綾部に帰りたい帰りたい】と泣かれた時、神様は霊なのだから帰りたければ勝手に帰ればいいことなのにと思っておりました。私が現在地の前に住んでいた町区には豊受様と御劔大神が祀った神社もありました。綾部にお社等あるではないかです。なのにどうして「帰りたい」のかと首を捻っておりました。
大本教からは【綾部は神の聖都】が出されたのですが、戦後の大本教は綾部ではなくて出口王仁三郎聖師が誕生された亀岡中心となっています。為に大本教は綾部から発祥した宗教すら知らない人が多くあります。経緯を知らない方は亀岡の大本教に参拝に行っても綾部には行かないです。 大本教神諭で説かれたのは【ここ(綾部)は神戸(かんべ)。神の出入り口たる「戸」がある場所】なのです。
ですから、他でいくらやってもその地は「神戸(神の出入り口)」とはならないのです。
世界救世教開祖の岡田茂吉師や成長の家開祖の谷口雅春師、日本心霊学の父とされる浅野和三郎師、合気道の植芝盛平師、神道天行居開祖の友清歓真師等、日本の近代宗教史に名を残す面々が一時期は皆さん綾部に住んだのです。そうした面々から出た宗教は108派との説があり、日本の宗教に多大な影響を与えたのです。しかし、そうした宗教家達が誕生したから【綾部が神の聖都】の意味ではないのです。大本教がしたのは【神の出口】なのです。「入り口は演じなかったのです」。
私はどこが綾部は【神の聖都】だと思っておりましたが、ある方から大本教神典に豊受様と綾部の大本教所有の本宮山との関係が書かれていると教えてもらって、豊受様の綾部に帰りたいと泣かれた理由、大本教という宗教の発祥の背後には大きな神界の機密があったことが多少なりとも理解出来たしだいです。しかし、大本教が所有する本宮山を持ってのみの神の聖都でもないのです。
確かに大本教所有の本宮山は豊受様の降臨地でありますが、他に大本教から「世継王(四つ尾)山」が説かれましたが、ここは別の神が降臨した土地ですが、この「世継王​(四つ尾)山」は大本教は所有していないのです。
その綾部が【神の聖都】である霊的光景を見せられた時には、さすがに私もウーンと唸っておりました。今は寂れてしまった町には似つかわしくない光景だったからです。町にはイスラム教の巡礼団まで来ているのです。
私が見せられた綾部が【神の聖都】の光景は、綾部市上野町と呼ばれる一帯が神の聖域となっていて、天の御三体の神様を迎える場所の他に世界の宗教が集まる一大聖地となっているものでした。大本教という宗派のみの話ではなくて、上野町という上野町は全て各宗教施設のみ。
特に出口王仁三郎聖師が予言された天の御三体の神様を迎える場所とは同じ上野でも、現在の大本教が天の御三体の神様を迎える為にと建立した平成大神殿群がある場所ではなくて、道を一本挟んだ現在は国が所有している土地でした。
豊受様のお代をしていた私の最初の師匠も、その土地が天の御三体の神を迎える場所で私が最盛期の大本教以上の教団をその地に創り、そこに神殿を建立する等と言いましたが、それはある意味不可能な話だわとなと聞いておりました。
私が現在地に住む前、豊受様は私が住む地域一帯は神の土地であり。本来は人間は住んではならない土地。そなたとそなたの家族だけは住むことが許される土地と言われ、そうした土地を全て買収するなど、大本教でも出来なかったことであり、明治や大正時代ならばいざ知らず、現代では不可能としか言えないのです。とてつもない費用がかかります。
大本教は戦前の日本最大級の宗教団体であり信徒数も多く、時の政府の弾圧で弱体しても平成神殿を建てるだけの力はあったでしょうが、私は宗教家ではありません。信徒も持ちません。日本語による言葉の仕組みの解説のみです。
私が子供の頃に臨まれ旧約聖書の神と名乗る声は、【私はそなたには何の力も与えない。そなたにこの私の力を与えるのはこの世の最後の最後の時である】と告げられたのです。この世の最後の最後の時に力を与えるでは、今の世で大本教のような教団創りは私の任務に入っていないのです。
私はその綾部は【神の聖都】の光景を見ていて、その光景は現況の土地と何の違いもないのですが、南と北が入れ替わっていることに気づいたのです。それはこの地球上での話では無く、私が子供の時に旧約聖書の神と名乗る声から告げられたこの地球とまったく瓜二つの同型の新地球上で展開されるでろう【神の聖都】の話だろうと推察しました。
私が見せられて来た数々の霊的光景では、人類は一度は全員【三途の川】を渡らないといけないからです。その後に来るのが聖書にある【復活】です。
今の地球上の肉体では、どんなにしゃちほこだったところで、永遠性を保った肉体などにはなれないのです。100年も生きれば上等なのです。今回の立替による創造神の大望は【魂の輪廻転生の長い旅路を終えて、永遠性の嬉し嬉しの世】であり、為にはみろく世の肉体は永遠性を保った肉体の必要があるからです。その為には一度は死んで新しい世に新しい肉体で【復活】するなのです。
だがそうしたことは大本教からは出されておらず「聖書」になりますので​、私が子供の頃に臨んだ声は【旧約聖書】の神と名乗られたのでしょう。
私は霊能者をしていないのでよく解らないことすが、一部の神通力者やサイキッカーと呼ばれる方達は、私が住む場所は神界の機密ゲートがある場所で、私がこの世を去れば三次元世界は終わり五次元世界に入ると言われます。その最終の鍵を握る神界の機密ゲートがある場所と言われるのです。
豊受様のお代をしていた私の最初の師匠は、そこはやがて今の人類が知らない【天帝たる創造神】が降臨される場所と言いましたが、私が見る限りでは【天極と地球】をつなげる霊子線が存在する場所なのです。ある霊能者の方は今の人類が知ることが無い太古の神界の中心点と言われましたが、太古の神界の中心としての臍記号としての「○十」となります。
その師匠はこの地は神々が天に帰る場所で【神々の故郷】と言い。他にも霊能者でこの地は神々が天と地を往来出来る場所とも言う方がありました。私が【公園】と名乗っているそのもその為なのです。
私が待ち続けているのは 人類が知らなかった天帝の天降りです
私は大本教から出された「世の大立替」論等は、人類が現実には知らない天帝の天降りでも起きない限り絵に描いた餅みたいなものだと思っています。天帝に従わない世に出ておられる神々はことごとく滅ぼす絶対的な神力の存在でないと神界統一など不可能だからです。
今回、私に名乗りを【神之公園】に改めよと出たのは、上野は神々が集まる土地であり【人々が神に願うのであれば、その願いが聞き届けられる】からだと告げられます。
大本教から世に【綾部は神の聖都】と予告されて来たことですが、​イスラム教で言う聖都の「メッカ」は、イスラム教開祖マホメット(ムハンマド)が生誕した地以上の場所ではないわけです。この「綾部は神の聖都」は大本教出口なお開祖にも出口王仁三郎聖師の誕生地でもないのです。出口なお開祖は隣の福知山生誕であり、王仁三郎聖師は亀岡生誕なのです。人の生誕地ではなくて神の生誕地を意味する降臨地。
​この【綾部は神の聖都】は、人たる存在ではなくて神々が地上に降り立った(生誕)場所の意なのです。
新しい世は【嬉し嬉しの世】であることは、私は子供の頃に聞かされましたが私は何の力も持たない者であり、大本教神諭に【おいでおいでをしなくても、何事も叶う時節かやって来る】的な内容があります。
私に出た【神の聖都】の幕開けとは、今の世に出ておられる神々に対して、天帝に従う意思ある神や霊達は​綾部の上野に集結せよとの命でしょう。
そして私に出た人々の願いが叶うは、その地が「神の都」となるからでしょう。


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