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自分が今この瞬間持っている意識のレベルから出発してください。瞑想を続けてください。読書を続け、無限ということを理解できるようにと祈るのです。そうすれば、意識に関する真理がおのずから明らかにされてくるでしょう。今よりももっと広大無辺の体験をしたいと願いつづけてください。


意識の拡張は可能であるばかりか、必然なのです。意識の拡張が必然なのは、それがあなたの本質の一部だからです。あなたは同時に多くのレベルで生きています。人間としての現実生活にとらわれていない広大無辺の部分があって、それがつねにあなたのなかを流れ、前進するよう、促しています。ですから今のまま歩きつづけてください。あなたはかならず覚醒します。


ではなぜこの<創造物>は去ろうとしているのでしょうか。それは新しいゲームを生み出す準備があなた方にできており、これからもっと大きなものへと前進していくからです。わかりますか。こうした対話を生み出したことで、あなた方は一人のこらず、以前より大きくなったのです。あなた方は前より広大無辺になったので、次にあなた方が生み出すものはさらに広大無辺なものでしょう。後戻りすることはけっしてありません。この意識レベルよりも低いものを人生で生み出すことはありません。


人があなたに話しかけているとき、相手と自分とのあいだの空間に意識を拡張して、二人とも同じ空間を占める関係になるようにします。するとその空間が何かで満たされているのに気づくでしょう。その神秘的な<何か>というのが、これまで話してきた潜在的可能性なのです。それに気づいた瞬間、自分が小さな自己ではなく、この無限の潜在的可能性なのだとわかります。そしてそれが他人と接するときの出発点となります。究極的には、人生に苦悩があるのは、分離意識をいつまでも感じつづけようとするからです。


果てしなく広がるすばらしい意識から、あらゆるものの潜在的可能性全体から、世界が個人や集団の形を取ってあなたのなかに入ってきます。そのときに、意識的にそれを迎えれば、その分だけ、受け取る情報も無限のものとなります。意識を拡張してください。


人が求めているのは、自分は今あるがままで充分な力と創造性があり、有益でいのちの不思議に満ちているのだ、と感じることから生じる安心感なのです。あなたは今あるがままのあなたで充分なのです。ほんの少しの努力さえすれば、誰でもこうした心境に達することができます。地球上のすべての存在には魂があり、すべての魂が何らかの意識の目覚めと理解の深まりを強く求めています。


不安や怖れがあってはじめて、心の平安を求めるようになるのであれば、自分に怖れをもたらすもの、そしてその結果、覚醒意識をもたらしてくれるものに心から感謝することもできるのではありませんか。「自分に覚醒意識をもたらしてくれる人生の苦難に感謝しなさい」というのは、政治的に言っても、人に喜ばれるスローガンではありません。けれどもそれは、世界で起こる困難な出来事を有効に利用する方法です。



質問者 ある人は、宇宙は創造されたと言い、またある人は、宇宙はつねに存在し、絶えず変容しつづけていると言います。ある人は、宇宙は永遠の法則に支配されていると言い、またある人は、因果律さえ否定しています。ある人は、世界は実在すると言い、またある人は、世界はどのような存在ももたないと言います。

マハラジ  いったいどの世界についてあなたは尋ねているのだろうか?

質問者 私が知覚する世界です、もちろん。

マハラジ  あなたの知覚する世界は実に小さな世界だ。それは完全に私的なものだ。それを夢と見なして放っておきなさい。

質問者 どうして世界を夢として見なすことができるでしょう?夢とは長く続かないものです。

マハラジ  あなたの小さな世界が、どれほど長続きするというのかね?

質問者 つまるところ、私の小さな世界も全体の一部分です。

マハラジ  全世界という概念も、あなたの私的な世界の一部ではないだろうか?宇宙はあなたのところにやってきて、あなたは宇宙の一部だと言いはしない。全体があなたをその一部として含んでいるという考えをつくり上げたのは、あなたではないだろうか?実際に、たとえどんなに想像と期待で飾りたてていても、あなたが知っているのはあなたの私的な世界にすぎないのだ。

質問者 もちろん、知覚は想像ではありません!

マハラジ  それ以外の何だというのだろう?知覚とは認識ではないだろうか?何かまったく知られていないものを感じ取ることはできるだろう、だが知覚することはできない。知覚は記憶をともなうのだ。

質問者 仮にそうだとしても、記憶がそれを幻想にするということはありません。

マハラジ  知覚、想像、期待、不安、幻想はすべて記憶に基づくものだ。それらの間にはほとんど境界線さえなく、互いに溶け込んでいる。すべては記憶の反応なのだ。

質問者 それでも、記憶は私の世界の実在性を証明してくれます。

マハラジ  どれだけあなたは覚えているだろうか?先月の三十日にあなたが何を考え、何を話し、何をしたか記憶に基づいて書きだしてみるがいい。

質問者 確かにそこには空白があります。

マハラジ  それほど悪くはない。相当量をあなたは覚えているはずだ。無意識の記憶が、あなたの住む世界をなじみ深くさせるのだ。

質問者 私の生きる世界が部分的で、主観的であることは認めます。あなたはどうなのでしょう?あなたはどのような世界に生きているのでしょうか?

マハラジ  私の世界はあなたの世界と同様だ。私は、私の知覚する世界であなたと同じように見、聞き、感じ、考え、話し、行動する。だがあなたにとってはそれがすべてで、私にとっては、それはほとんど無に等しい。世界が私自身の一部であると知っているため、あなたが食べた食事に注意を払わない以上に、私もそれに留意しないのだ。用意されてから食べる間、食べ物はあなたから分離して在り、あなたはそれに留意する。ひとたび飲みこめば、それに対してはまったく無意識になる。私は世界を食べてしまったのだ。だからそれについて考える必要はもはやないのだ。

質問者 それでは完全に無責任になるのではありませんか?

マハラジ  どうして無責任になれるだろう?私とひとつとなったものを、どうして傷つけることができるだろうか?その反対に、世界のことを考えずとも、何であれ私のすることは世界への恩恵となる。身体が無意識にそれ自身を正しく調整するように、私も絶え間なく世界を正すように活動している。

質問者 やはり、あなたは世界の途方もない苦しみに気づいているのでしょうか?

マハラジ  もちろん、あなた以上に気づいている。

質問者 それでは、あなたは何をするのでしょう?

マハラジ  神の目を通して見、すべてはこれでいいということを見いだすのだ。

質問者 いったい、どうしてすべてがこれでいいなどと言えるのですか?戦争、搾取、国と民との悲惨な争いを見てごらんなさい。

マハラジ  それらの苦しみはすべて人間のつくり出したものであり、それらを終結させるのは人間の力の内にある。人間を自らの行為の結果に直面させ、そのバランスを取らせるよう要求することで神は助けている。カルマ(因果応報)が公正さのために働く法則だ。それは神の癒しの手なのだ。


今日もありがとうございました。
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