咲き誇る大輪の花 円舞(えんぶ)編
(ここからは、何も記載してなくても円舞編終了と出るまではずっと円舞編です)


昨日ですね、自分の中で一区切りついたという感覚が生まれました。
ですので今日から、新しい始まりです。


書きたいことはいっぱいあるんです。ですがフィオラが最重要視することは、円舞です。
円舞というのはフィオラ独自の用語で、
今この瞬間のありのままの自分(個人化している自分)を無条件に宥しているあり方のことです。


これは他人を宥すことではないんです。他人への影響を事前に考えるような奥ゆかしいあり方ではありません。和をもって尊しとなす、をぶったぎります。あくまでも自己の真実を表現することを最重要視するエゴイスト養成の勧め? とも取れるような一見怪しい勧めです。


フィオラは言います。円舞をマスターするまでは、あなたが兄弟姉妹に発言する資格はありません。あなたは自分の真実に嘘をついているのですから。偽りの調和になんの意味があるのですか。


善であろうとする人間は、他人に思いやりをもつことが道徳だと信じこみます。
フィオラはそれを不可能と断じます。


自分の真実を他人のために封じこめようとする者は、真実から遠ざかっているのです。わざわざ個人化までしてスタートした人生を履き違えています。
nobody、あなたがその一人です。
かえりなさい。



幼少の体験は、当時私は親にそのまま話したんですね。
当たり前ですが、全然わかってもらえず、私はこれを話すと悲しい結果になると学習しました。


それ以後一切、誰にもしゃべらず、隠しながら忘れようとしてきました。でもね、人生観にはやっぱり影響を与えてしまうんです。


そういう知識を集めるようになるし、せめて、同じように感じる人(炎の実在を知る)がいるのかどうか、救いはあるのかどうかだけ知りたくなるんです。当時私の知るかぎりバーソロミュー以外には、いませんでした。


華厳経は近かったものの、子供の私ではその奥を探ることはできませんでした。バーバラ・アン・ブレナン女史のコアスターに関する分析を知るのはもっとずっと後のことです。


虚空に遭遇したときは、子供の私は死を極端に怖れていたんです。その必死さで、宇宙をふっとばしました。ワンネスを感じ、自我がからっぽだと直知している意識状態から、宇宙、存在するすべてを消滅させるという暴挙に出て、虚空・潜在的可能性に至りました。
炎が、永遠のものか、そうではないのか、その一点をどうしても知りたかった。どうしても、です。


答えは、永遠でした。


その時点で、私のターゲットは「炎」のみになっています。虚空どうでもいいです。
ですから私は、虚空と別に、虚空から引き出される神の無限のエネルギーが存在すること、それが消滅しないこと、その創造の歓喜(炎)を源球(宇宙全体)が感じていることをちら見することを繰り返しました。
ですがそこからはまるで欠乏地獄です。
到達し、そして日常に戻される。
意識は縮小し、この肉体と自我にまつわる限界に光はすぐに見えなくなりました。


意味がわかりませんでした。
移行に失敗している、などの知識は当時ありませんでした。



一番きつかったのが、炎と人間社会の違いです。
天上のメロディーと、地上のメロディーはあまりに違いすぎる。
この地獄から、頼む、早く助けだしてくれと願っていました。


フィオラが現れてからも、私のエゴイストっぷりは何も変わりません。
炎に到達するために、ナビができるか?


できる、と答えました。


フィオラに要求したのは、それだけです。
私の目的は、それだけだからです。


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