思考観察4日目


私が体験の主体だと感じている、おそらく後頭部の球体(どう感じるかは個人差)は視覚と聴覚の統合点だとは思います。これを思考観察以外にも(どんな行動中も)維持し続けるのは大変なので、忘れても思い出し続けています。
(誤ったイメージ、または虚空に対する特定のイメージ、マインドの掴もうとする習慣が、誤った工程を想像し始めています。維持という発想は、その証拠です。「何かを維持しなければならない」という想念の声に気づいているのか、いないのか。構造を理解する必要などありません。ただ、今のこの状態のありのままに意識して気づいているのかいないのか、それだけです。)


半眼にすることでその統合点の範囲を確認するのはほとんどどんな人も同じような感覚が確認できるような気がします。
(肉体感覚の輪郭を特定することで、「それ」を対象化しようとするマインドの罠にはまり始めています。肉体感覚の共通点などどうでもよく、肉体感覚を浮かび上がらせるものに意識が向いているのかどうかです)


多少「頭痛」がしています。あまりにも意識の焦点をそこにあてていることで、架空の痛みまで感じ始めたかもしれません。どうなるか注意して進めていきます。
(頭痛は重要だと思います。頭痛が出るなら、肉体上の焦点移動になってしまっている証拠で、意識が意識を意識していません。意識が肉体を意識しています)


誰の中にも静寂への道があります。外部の状況と離れるということは、あらゆる方向の否定であり、矢印はどこにも向きません。ではどうやってたどりつくのか?
(どうやって?というマインドの動きと動機にただ耳を傾けることです。今この瞬間には「ない!」という思い込みは長年の習慣で強力です)


それを知っているのは顕在意識ではないのです。最初から知っています。1秒前でも1秒後でもなく、今です。
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