完全覚醒者とは


どの道でも頂点からはシンプルなのかもしれません。道なき道もそうですね。
わたしたちは虚空(観照意識またの名を”自由”と言います)ですが、虚空であるという自覚がない状態で普段を生きています。これが普通人ですね。


虚空であるという認識に特徴的に「切り替わった人」が覚醒者です。
もちろん知識の伝達ではなくて、気づきが気づきに気づいた人です。
わたしたちは人間じゃなかった。という視点の切り替わりです。
これはね、フィオラさん曰く「自由意思で切り替えのタイミングは選べる」そうです。
びっくりするでしょ?
やり方は簡単で、「全員許せばいい」そうです。自分も他人も状況もなにもかも。
つまりこの「悟りを起こすかどうか」は故意なんです。
恩寵と言うのはシステム上の話で、完全に故意なんです。
許すことを嫌がる人だけが、この切り替えを起こせないんです。
なぜなのかと言うと、私たちの本質が「愛」だからなんです。
だから「愛」に沿うだけでも「覚醒」します。というか、本来「愛」側か「叡智(観照)」側
かはどちらでもいいんです。結局統合するからです。


虚空(自由)以外にも様々な要素があるように見えます。
でもすべて虚空がそれとして顕れているだけで、ひとつです。
すべてはひとつ。例外はありません。この虚空の外側には「なにもない」んです。
存在するすべてが「虚空(自由・潜在的可能性)」なんです。虚空が無限なんです。
自由が無限なんです。潜在的可能性が無限なんです。


わたしたちはもともと原初から「完全覚醒(虚空)」です。
ですが、かたちをもつ人間としての本質は別にあるんです。


それが「波」です。
バーソロミューが純粋な目覚めた意識と呼んだものです。
これが「あり方そのものの愛」なんです。皇の娘であり息子、何をやろうと「愛そのもの」なんです。


「源(源球”皇”)」に生み出された「波(愛)」それがわたしたちの一時的創造形態です。


わたしたち「波(愛)」は父である虚空と、母である皇の庇護の下、どのような創造の自由も許されています。この波のもつ本来の感覚が「炎(無限の愛・無限の歓喜・無限の自由)」なんです。虚空(自由)であることを自覚し、皇の愛を自覚し、星の愛(あり方)で創造する(歓喜)光の子の「感覚」なんです。


わたしたちは本質的に「虚空」だけれども、人としての本質の「波」が地上に来た時に3つに分解されたんです。


星(魂)と心(マインド)と体。三位一体です。
誕生時点で三つに分かれました。体の死亡時点で「波(愛)」に再統合されます。


これはエネルギーの転換です。人生の「台本」も、12チャクラも、思い込みの荷物(カルマと呼ばれるもの)も、何もかもエネルギーとして持ち込んできています。遺伝子によりその人物が決定されるわけではなくて、このエネルギーが人物を決定します。課題と共に、学びに、愛しに、ここに来ています。その人らしいことが愛そのものなんです。善悪ではなく、その人らしさが愛そのものなんです。他の誰が認めなくても、その人は何をやろうと100%愛でできているんです。愛以外にはなれないんです。史上最悪の悪人と呼ばれようとも死後に愛(波)に戻ります。


なぜ地球に来たのかというと。
二極性という環境下で、覚醒するためです。完全覚醒するためではありません。
覚醒が必要条件であり、完全覚醒は十分条件です。
完全覚醒は地球上で必ずしも達成する必要はありません。
覚醒者は死後「次の環境」に進むことが可能です。
だから地球上に完全覚醒者が「滅多にいない」んです。
イエス・仏陀・ラマナそういう人達のことです。
たとえば仏陀が蝿を振り払う動作をして、蝿はいなくなったのに、もう一度振り払う動作をしたそうです。弟子がなぜか尋ねると「完全に意識していなかったから正したかったのだ」
こういう方たちは、神に愛されていることを喜ぶという覚醒者の感覚と異なり、「神を愛する」ことに全てを捧げるという方です。完全に虚空に定住している状態で常に生きている方のことです。


彼らは一瞬たりとも「絶対的幸福感」以外を感じません。


この境地に立つまでは、「わたしは何も知らない」という自覚を保ち、愛の呼びかけに必ず応える者のみが霊性の道を歩む者だと私はフィオラに以前ぶっとばされたことがあるんです。


その時のフィオラの言葉です。
「すべての兄弟姉妹の挑戦を称えなさい。ただの一人も欠けず、生い立ちからあなたにはとてもつらくてできないような役回りを引き受けてくださっているのです。上げる頭があると思えるのはあなたがその渇きと涙を知らないからです。霊性の道を歩む者とは、渇きに水を与えることができず共に泣き、それでも太陽の眼差しで人を安心させる者のことです」


フィオラに完全覚醒について尋ねたんですけれども
「天と地をつなぐ支柱」となる者だと言ってました。


もう少し色々書きたかったですけど、また明日にしますね。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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