思考観察14日目 6回 地球受容静寂ルート3日目


地球を包む静寂そのものが実体です。
青く透き通る地球が1日に数百回浮かぶ内に、感覚が変わり始めました。
(1日500回。0.1秒のイメージ法だろうとなんだろうと、これは確かに実践面において「真面目に」やっている証拠です)


わたしのなかを地球がまわる


思考の代わりに地球がまわる。
フェルメールの青より美しく透明感のある青です。
静止画というよりも、ずっと連続再生されている動画です。
動画を再生させるかどうかはいついかなるタイミングでも自由です。
再生は目の前の右前方でも左前方でも脳内でも心臓の位置でもどこでもかまいません。
最初は思考のひっかかりと、人と会話する時に利用するといいかもしれません。
地球がまわりつづけています。静寂のなかに。北極から見て左回りです。
さらさら流す、のではなくて、流れるのです。
目で見る外側の風景と同時に地球がまわり続けています。
地球を包む静寂が体験の主体です。
地球ではなくて地球を包んでいるものです。
包んでいる静寂は肉体を包んでいる静寂と同じものです。
包んでいる静寂の視点になるとこの肉体と距離が生まれる気がします。


とうとう思考のほとんど全てが流れるようになってきました。
(この時嬉しかったのを今でもよく覚えています)


これならひっかかり回数を一桁にするのもできそうです。また記録の手間がいりません。ほとんどひっかからないので、ひっかかった回数は記憶できるくらいです。
この地球受容静寂ルートの場合、最初から記録の必要がないかもしれません。
私はもちろんこのまま記録を続けます。
ここから先、定着まで少しでも気を抜くなら思考の抵抗に騙され逆流し始めるでしょう。
今の現状は単に、「体験の主体を思い出す回数がやっと少し増えた」というだけです。


地球を円形として瞬間的に見ても、ほんの一瞬後頭部(脳内)が動く気もするので、やはり脳内の視覚中枢はイメージ法にも関係しているようです。


<雑談コーナー>
日記を書きながら思考に巻き込まれないのが実際かなり難しいと感じていたんですが、可能だと思いはじめました。書いている自分と書かれた言葉と静寂との距離が開きはじめています。つまりこの肉体と静寂の距離が開きはじめています。文字を書きながら地球がまわるのを感じればいいように思います。そうすると不思議なことに感情から少し離れるようなのです。
人との会話もそうです。人の顔に地球を見れば、即座に離れることができるようです。これがやまがみさんのおっしゃっていた「体験の主体」からの体験かとやっと思いました。私の場合は何をしていても地球がまわるのを思い出します。耳鳴りのような静寂が全てを包んでいます。
ちょっと「ありのまま」よりイメージ法の腕力で強引に進めてしまった気もしますが、このまま様子を見てみます。
おばかな話なんですが、左回りの地球のイメージが強すぎて、延々と左回りが続いていて、ちょっと自分の目も回りはじめています。これどうするかよく考えてみます。
(酔う寸前ですね)
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