「わたしは自由よ」は言葉じゃない


全体は光だけど、全体ー1は光じゃない。わたしたちはずっと昔にモノの見方を間違えたんです。


教師は不要です。学習は不要です。
教師が必要だと感じている状態、学習が必要だと感じている状態、それらの動機の根源まで降りなければならないのであって、教師を探しに外出したり、学習するために正座したりする人は逆方向です。


強烈な誤解は
「あなたの中にある」という言葉をほとんどの場合信じていないということです。
実感がないから信じないのだとも言えますし、だから言葉は意味がありません。


あなたが今この瞬間画面を見ていれば、あなたは「在る」と言えます。
「在る」ことに気づいていようと、いなかろうと「在る」のは間違いありません。
地球上の70億人全員が「在る」のも確かです。


真我とは、虚空とは、この「在る」です。
持っていない人はいません。特別なものではありませんし、テレビを見ながらお尻を掻いているときは消えてしまうということもありません。


私たちがどんな行動をするとしてもその母体となり、自由を保障してくれるもの、というより「自由」そのもの、それが「在る」です。


この「在る」にどんな力があるか学校で教えてもらったことはないし、最先端の科学が解き明かしたこともありません。


秘密は単純です。
「わたし=在る」で、わたしは肉体ではありませんし、その他すべてではありません。
在るということは、肉体を含むすべてということです。
ですが、わたし=在るですから、わたし=○○(在るの一部分にすぎません)という思い込みが「ほんの少しでも」あれば、在るの力を見失うんです。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
この記事にコメントする
お名前
タイトル
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
こんにちは!
こんにちは!トシです。

20140706の記事のことが気になっています。

>この世からあの世へ移行したスピリットで生前の態度の後悔をしていない者はほとんどいないそうです。
罰を与えられるということではなく、貴重すぎるチャンスを活かしきれなかったという後悔です。

↑こちらなのですが、皇が意図して表している物事(自我にとっては目の前の現実)に対して、どのような在り方(行動、考え方)をするのかを自分自身を試すという機会なのでしょうか?

よかったらお答えいただけると嬉しいです。

PS
20140802の猫ちゃんの写真がかなり好きです☆
いつもアップしてくれて楽しみに読んでいます。
ありがとうございます!

トシ
トシ 2014/08/03(Sun)09:05:56 編集
Re:こんにちは!
トシさん、こんばんは。
このご質問は重要すぎてどうお返事するか迷いました。
あまりお待たせするわけにもいかないので、今夜はとりあえずのお返事とさせてください。


>こんにちは!トシです。
>20140706の記事のことが気になっています。
>>この世からあの世へ移行したスピリットで生前の態度の後悔をしていない者はほとんどいないそうです。
>罰を与えられるということではなく、貴重すぎるチャンスを活かしきれなかったという後悔です。
>↑こちらなのですが、皇が意図して表している物事(自我にとっては目の前の現実)に対して、どのような在り方(行動、考え方)をするのかを自分自身を試すという機会なのでしょうか?


大体おっしゃるような魂にとっての機会です。
また改めて細かく本文でご説明するかもしれませんが、皇(創造神)が全員の人生の台本を1から10まで書いています。生前に本人(魂)が承認し、他の支援役のスピリットの意見まで含まれた膨大な(しかもリアルタイムで変更可能で、今も変わり続けている)台本です。


この台本は、「魂を覆う個別の淀み、汚れのようなものを洗い流し浄化するためのもの」です。魂自体には一切汚れや罪はありません。人生中に何があっても(どれほどネガティブなことがあっても)存在する次元が違うため、かすり傷ひとつついてませんので大丈夫です。魂を「覆う」淀みですので、絡みついてしまった想念・観念・信念のようなものを洗い流し透き通ったバランスのとれた状態にします。落とせなかった淀みは次の人生、また次の人生へと持ち越されていきます。


この淀み・汚れがあることで、肉体をもって人間をやっている間中、本当の魂の力が感じ取れなくなります。また、死後あの世側に「帰還」し、住む環境に影響します。


淀みがまったくなくなってきた場合はどうなるかというと
人生で味わう全瞬間を愛し、楽しみ、感謝に満たされ、不幸も涙も停滞にも深い生命の振動を感じるような人間になるそうです。


>よかったらお答えいただけると嬉しいです。


ご質問のお答えになってるでしょうか?
もし何か書いたほうがいいことがあればおっしゃっていただければ本文で細かく書きます。


>PS
>20140802の猫ちゃんの写真がかなり好きです☆
>いつもアップしてくれて楽しみに読んでいます。
>ありがとうございます!


とんでもないです。私も猫が好きで、あの写真は笑いました^^
またおもしろいのを探してきますね^^
【2014/08/04 00:03】
ありがとうございます!
nobodyさん

早速のお答えありがとうございます!

うまく言えませんが、迷いが無くなった感じがあります。
この身体と心を通して、自然に素直であろうと思いました。

20140707のお返事頂いた記事にて、
>人がとりうる創造のパターンはおおまかに二種類です。
1、ただ在る真我のエネルギーにとどまる
2、いままでに発生させた感情の(累積)を解消するまで引き寄せられる出来事に翻弄される

↑この2番で、魂を「覆う」淀みを洗い流す機会が与えられて、その機会で最適な選択・行動をする。これを透き通ったバランスのとれた状態になるまで繰り返す。
そして、その透き通ったバランスのとれた状態から1番になる。 と、このような感じになるのでしょうか?

重ねての質問になってしまい、また私のエゴ的な質問ですみません。
本来のわたしの実在を生きているのなら、このような疑問は「ただの思考」と片づけられるのかもしれないと思うのですが、
気になってしまいご質問させて頂きました。

もしよろしければ、いつか本文で取り上げて頂けたら嬉しいです!
今回のご回答ありがとうございます!

トシ

PS
あの猫ちゃんにはある意味、気高さを感じました(笑)
犬だとすぐ外そうとすると思うんですが、猫は大らかですね☆
トシ 2014/08/04(Mon)01:02:05 編集
Re:ありがとうございます!
トシさん、こんばんは。


>nobodyさん
>早速のお答えありがとうございます!


とんでもないです。


>うまく言えませんが、迷いが無くなった感じがあります。
>この身体と心を通して、自然に素直であろうと思いました。


ありがとうございます^^基本は単純です。
この瞬間を「どう感じているか」にすべて現れています。そこに何らかの引っ掛かり、たとえば「ちょっとだけ違和感がある」「ほんの少し疑問がある」「なぜか落ち着かない」「やっぱり満足できない」そういった感覚があるかぎり地球での旅はまだ役目を終えていないということです。どんなに小さく些細な違和感に思えても、そうです。瞬間が愛で満ちるまで(愛に満ちていることに気づくまで)、わたしたちは自分の荷物と向き合っています。


>20140707のお返事頂いた記事にて、
>>人がとりうる創造のパターンはおおまかに二種類です。
>1、ただ在る真我のエネルギーにとどまる
>2、いままでに発生させた感情の(累積)を解消するまで引き寄せられる出来事に翻弄される
>
>↑この2番で、魂を「覆う」淀みを洗い流す機会が与えられて、その機会で最適な選択・行動をする。これを透き通ったバランスのとれた状態になるまで繰り返す。
>そして、その透き通ったバランスのとれた状態から1番になる。 と、このような感じになるのでしょうか?


1番の真我というのは、何者にも依存しません。どんなものとも相互依存関係にないので、○○があるから真我があるという状況はありません。すべては逆に、真我があるから○○も存在できているということになります。


これは皇と、星(魂)ほどの最高位の顕現でもそうです。動き、形があるものは真我が一時的に演技している姿です。真我は形も動きもありません。真我とは無であり、無限の可能性です。これをこの日記は便宜上、虚空と呼び、自由と呼んでいます。


2番の魂に記録された感情の累積から出来事に引き寄せられ、翻弄される(カルマであり人生)をどれだけ経験しようとも、1番には自動的には「なることはできません」
わたしたちが最初から1番であり、「2番だと誤解している1番」だからです。


おっしゃるとおり人生は魂を覆う淀みを洗い落とすための計画された機会ですので、人は自動的に2番に塗れた人生を繰り返します。2番をやっている間に、2番の感情がさらに増えたり、新しいカルマを蓄積してしまいます。
でもどこかの時点で「1番というあり方」こそが2番を燃やし尽くすエネルギーになることに気づいて、ようやくループから抜けます。


このプロセスの時間短縮をするために、意識的な1番の修練を勧めているのがスピリチュアルな教えですね。


>重ねての質問になってしまい、また私のエゴ的な質問ですみません。


とんでもないです。私でよければ何でもおっしゃってください。
この日記を書いているのは、私の自己都合で、こうしてお読みいただいてコメントまでしていただいていることが何より励みになっています^^ありがとうございます。


>本来のわたしの実在を生きているのなら、このような疑問は「ただの思考」と片づけられるのかもしれないと思うのですが、
>気になってしまいご質問させて頂きました。


私はそうは思わないです。思考も、質問も、真我の、そして人生の一部ですもの。
気になることは科学が元素を突き止めようとするほどに確認していったほうがいいと思います。
アドヴァイタの教えに傾倒した方(目覚めの一瞥を経験した方)が、他の方の論理的で知恵に満ちた経験的な主義主張を「ただの音声」って表現したことがあったんですね。
私には逆にその方が先入観にまみれた「不自然な」状態だと感じたことがありました。


>もしよろしければ、いつか本文で取り上げて頂けたら嬉しいです!
>今回のご回答ありがとうございます!


ありがとうございます。わたしたち魂が一体何をやっているのか、本文で少しずつ書いていきますね。これらの理解が人として生きる上で一番重要な理解だと思います。


>PS
>あの猫ちゃんにはある意味、気高さを感じました(笑)
>犬だとすぐ外そうとすると思うんですが、猫は大らかですね☆


気高いですね^^猫はすごくわがままなところもありますけど、ああいう人間の身勝手さを黙って受容するスピリチュアリティをもっています^^
【2014/08/05 00:33】
01 2020/02 03
S M T W T F S
18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
HN:
Fiora & nobody