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光の合流ルート17日目


どうしたら自由になれるのか。


起きている間中ずっと何をしていても静寂に留まり続けています。
忘れたら思い出す。ただその繰り返しです。

静寂(気づいている意識)

動揺している時、動揺に気づいている意識は動揺していません。
思考している時、思考に気づいている意識は思考していません。
この気づいている意識(静寂)に常に留まり、思考感情をできるかぎり発生時点から自然観察します。この視点からあらゆる体験ができるようになるまでの反復訓練です。
具体的な場所がわからなくて集中できない方は、
脳内の「松果体」に意識の焦点を移動させ接触させ続けた状態で行動してください。
赤い位置です。半眼で移動する意識の焦点もここです。
慣れるまでは思考発生感情発生に気づいた時点で松果体に戻る、それだけで十分です。
慣れたら定着するまでは起きている間ずっとここに接触しながら日常を送ります
あくまで定着するまでであり、定着後は注意を払う努力はいらず、観察を続ける中で認識は変容し、真の自分が肉体の中ではなく遍在であることに気づき移行(再統合)していきます。


思考観察
静寂をSとします。思考Aに気づきます。思考Aに気づいた意識Sに接触します。思考Aの存在と動き、通過をSに接触したままSから観察します。思考がいくつ来ようと離れた地点から全体のプロセスを眺めるだけです。Sに接触しているなら次の思考Bがやってくる可能性は低いです。でもやって来ます。追い討ちをかけるように思考Cと思考Dまでやって来ました。あれどうしよう?=思考E。どうもしなくていいのです。Sはひとつです。Sに接触したまま観察します。もしどうしても怪しいなら思考ABCDEに気づいているSに接触し直します
初期10日間くらいはSの感触をよく確かめてください。シンとしてること。耳鳴りのような感覚。何もなく、靄が取り払われるようにクリアになります。今までどおり風景は見えるし、音は飛び込んできます。でも心のノイズがないのが新鮮です。唯一変わったのはあなたがSに接触している、それだけです。思考を観察する訓練を私なりに今日もよく頑張ったなあという思考Zに憑りつかれないでください。Sはそんな労いの言葉は言いません。Sは無言です。そして勝手にちょっとくつろいでいます。映画館の観客みたいです。
一つの思考が発生するたびにその内容を掴もうとすればどれほど難しいことかすぐわかります。大切なことは「静寂」に接触しているかどうかであって、思考を思考で分析解剖することではありません。思考の内容を掴むことには気を配らず、大雑把に思考が発生しているようだと認識します。思考はやって来て、通過し、去って行きます。これまでは海に下ろす碇があることに気づいていませんでしたが、今は違います。思考発生に何となくハッと気づいた瞬間にその気づいた意識(静寂)に接触し接触し続けます片手は碇に触れ、通過する波をなんとなく「波だなあ」とやり過ごします。波の形状や勢いや歴史的に荒々しい波だったなどと感心して碇から手を離さないでください。初期において、これ以外にも静寂を維持しようとすると、何が静寂かわからず、逆に空回りします。最短では3日ほどで静寂視点に留まりきりその後完全に定着に入られる方もいるようですが、無理をしないでください。私などは1ヶ月かかってもどうしようどうしようと思考で思考を呼んでいました。イライラの多い仕事・家事・育児中はどう考えても?難しいです。初期はゆっくりと思い出すだけで十分です。最初の一週間は1日10回静寂を思い出しただけでも大成功だと私は思います。思考に気づいている視点(静寂)に接触し、留まるとこの視点は何も思考していないので「やって来る思考が明らかに減少する」のを感じることができます。この減少を静寂に接触しているかどうかのチェックに使ってください。減少チェックが役に立ちます。それから、思考は「物語」なので、この物語に付随する感情が発生します。思考が多ければ、感情発生も多く、思考が減少すると感情も減少します。この物語からの感情を抑圧するパターンも多くあるわけですから、思考を抑えてしまえば感情も解放しやすくなります。


感情観察
静寂をSとします。感情Aに気づきます。感情Aに気づいた意識Sに接触します。感情Aの存在と動き、触感や音質をSに接触したままSから観察します。Sに接触したまま、感情Aの細かいところまでそのままもう片方の手で触れます。感情Aがよく冷えたジョッキのようにゴトンとしていてキンキン言っててもそのまま今ある場所で今あるように感じます。思考と違って居座るかも知れませんがそのままにしておきます。何が言いたいのかを観察し続けます。大抵の場合は思考が組み立てる「物語」が背景にあることがすぐ判明します。その物語の舞台は現代劇ですか?未来予想図ですか?回想シーンですか?喜劇ですか?悲劇ですか?脚本は練られてますか?Sは観客席なのでこれらがわかるみたいです。
胸の中心奥や喉などになんらかの感情または熱エネルギーの動きがあるか自然観察します。胸の中心奥に熱エネルギーを感じた時は、それは他の感情と違います。注意していてください。
感情を避けようまたは保留しようとしません。理性で防御パターンに入りません。自然観察です。外部の原因と思われるものを非難するパターンもストップします。つまり怒鳴ることも嫌味を言うことも舌打ちもしません。感情を変えようともしません。ただ静寂に留まり押し黙ったまま、胸の奥に出現した感情をそのまま観察します。これは我慢とは違います。一体この感情はわたしに何を言っているのかをありのまま観察します。言っていることがわからない場合も気にしないで静寂に留まります。あなたがネガティブな感情と呼ぶ感情を閉じ込めないでください。静寂の中でありのままにし、迎え入れます。この感情の言うことに耳を傾けず、理性の防御パターンに入ると各チャクラ(エネルギーの扉)を通るはずのエネルギーが詰まりはじめます。これが人生の問題に発展していきます。
(愛について)
胸の中心奥に感じる熱エネルギーは「
」と呼ばれています。一般的な愛という単語でイメージする感情とは違います。口角が上がってしまう、笑顔にならざるをえないような無条件・無償の愛と呼ばれるあなたの内部に存在するエネルギーです。男女間の恋愛感情とは全く別のものです。
今ありのままの自分を無条件に愛している本当のあなたのエネルギー、消滅しない実在のエネルギーです。知るための具体的な方法は「わたしは今ありのままのこのわたしを愛している?」という質問を胸に直接投げかけます。思考で答えません。問うだけです。
目安として
第一段階は胸の中心奥に「ちらちらと動くような熱エネルギーの動き」を感知できること。
第二段階はその熱源が「市販のカイロのような熱を発する」までになることを体感すること。
第三段階は「両肩まで燃えるような熱の拡張」を感じ、強制笑顔が発動することを体感すること。


[Fiora]
フィオラ:22年前にnobodyが花屋さんで購入した花束。この花束と共に交通事故に遭って以降、青い帽子とドレスを着たイタリア人女性の霊として登場。イタリア語の真性異言を起こしたことからnobodyが実在を信じるようになり、対話を続けています。

フィオラ、言いたいことをどうぞ。
Fiora
川の上に橋があって船が通ります。
あかるさを感じます。
雪が降ったら夜行列車の窓からそれを眺めていてポン酢で鍋をします。
駅のホームに降りたらワンカップを開けるつもりです。
今というのは絵の具で彩られたカラフルな絵みたいなものです。
今日という日は永遠の土曜日で明日も休みですからウキウキします。
自由とは土曜日のことです。
視点こそ炎です。
人の個性こそ祝福です。
永遠の土曜日にカレンダーをつける世界にあなたは降り立っています。
今日が土曜日だと思い出せますか?
思考を捨てなさいnobodyもうすぐ迎えがきます


…この自称イタリアの死神は私を脅すのは日課です。
今日もありがとうございました。
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