「思考観察」まとめ 第1回


どうやら静寂視点の「定着」に入ったようです。訓練を始めて約45日でした。
どう思考発生しても1秒以内に思考に気づき「自動」で静寂視点(私の場合は松果体の視点)に戻ります。今までは焦点を戻すのは手動でした。まるで錘をのせたシーソーが傾いてどすんと反対側に倒れた感じです。松果体の位置に自動で戻ることに気づいてから、焦点を松果体・後頭部に置いたまま両目と眉間から何か懐中電灯の光を放射する時のような感覚が発生し、同時に胸の中心奥の熱エネルギーがじわっと暖かくなることに気づきました。ですから心臓部の近くの熱源が点滅しているように思考の発生から静寂に戻る瞬間を知らせます。自動になったのに気づいたのは昨日の記事を更新した後、0時過ぎでした。頭の中に訓練前とは明らかに違うエネルギーの場が渦巻いているのを感じています。特に現時点では「見ること」が変わりました。外部風景だけを見る見方から、外部風景と同時に頭の中の思考発生や通過まで見ている見方に変わりました。

やまがみさん、そして今までこのわかりにくい日記を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。感謝の意味も籠めて私なりにもう少しだけでもわかりやすくなるようにまとめを書きたいと思います。


私たちは自分で理解しているよりも特殊な状況にあると考えられます。
まず赤ん坊として誕生したのですが、その後おそらく4歳か5歳の時に「物心」がつきました。
この時もう一度誕生しているのです。

今という瞬間に「記憶」を持ち込めるようになったのです。
今に記憶を持ち込むと何が起きるでしょうか。
「今起こっている出来事」に「本質的には無関係の思考」を持ち込む選択肢を得たということです。これが「自我の産声」です。自我は本当の自分の4つ年下の弟か妹のような存在と言えます。

それまでは「今起こっている出来事」しかなかったのです。これがどれほど重大な違いか想像してみてください。それまでの彼は思い出や意図的な判断がゼロだったのです。その瞬間以外、参照する記憶がまったくない人物だからです。火に近づけば火傷するということもわかりません。社会的には無防備極まりない幼児です。

私と言う時、誰がその言葉を話しているのでしょうか。
大抵の場合はその「自我」が成長し、膨大な記憶と思考の組み合わせパターンと数々の経験に対する反応パターンを持って「私」と語っています。
今の私は実年齢の私ではなく、4歳の時生まれた弟(自我)のほうということになります。
兄はどこに行ったのでしょうか?今どうしているのでしょうか?

弟が兄になりすましているミステリーを解明し「兄を連れ戻すこと」これが思考観察のゴールです。

兄は4歳の時点で、何故か存在を忘れられてしまいました。
兄は確かに社会的には無防備でしたが、弟が想像することすらできない能力の持ち主でした。その能力とは「いつも幸せ」というにわかには信じられないような力です。大地と空につながり、鳥の鳴き声を聞き、ありのままに見て、触れ合うことのできる人物でした。理由なく誰をも愛しているような人物でした。


お詫びしたいと思います。
私はかなり訓練方法を我流に工夫しようとして迷走させましたが、結局やまがみさんの扱う言葉、手法になんら改善点は見当たりませんでした。静寂視点の定着に限って言えば最短の道筋はやはりやまがみさんが真摯に練られた方法のようです。特に「思考」を「みつづける」という点の練りに練られた重要性に気づくのに私は遅れました。

思考を「別のイメージ」で「消去」しようとしたり、「静寂」を不自然に「延長」させようとしたり、肉体上の「場所」の発見にこだわったり、自我の「操作性」に私が振り回されていた分、これを途中段階で読んでくださっていた皆さんが静寂視点の定着を目的とする場合、余分な道を指差してしまった気がしています。申し訳ありません。今の私なら最短の方法をこう説明します。

思考Aに「気づいた意識S」に気づく。
Sの感覚は「無思考の静寂」です。
この時、あなたの意識がS以外にあれば「Sへの移動」が発生します。
この「Sへの移動」を延々と「自動になるまで」繰り返す。
これだけのようです。

ブログで皆さんに「定着までの資料価値のある記録をなるべくわかりやすく残そう」とするとその毎日の記事のほとんどが新たな「思考」となり、私は「ブログ更新と思考観察の相性は悪い」「正直ブログを始めなければ良かった」「自分一人で訓練に集中すればこんな遠回りはなかった」などの思考にさらに巻き込まれていました。

ようやく「松果体への移動」に違和感がなくなり、基本の思考発生を見張るようになったことで「頭の中だけを常に見張る」感覚に慣れて定着しました。最後はやまがみさんから「定着」か「否か」と改めて励ましていただき他の感覚を捨て72時間張り込んでいたように思います。


ここからは今の状況になるまでの過程について書きます。
まずこの訓練を始める前にやまがみさんの「いまここにさとりを選択する生きかた」を熟読しました。ガンガジの言う「動揺している時、動揺に気づいている意識は動揺していますか?」という言葉をガンガジとの対話というサイトで読んだことがあったため「気づいている意識」が重要なのかも知れないとは何となく想像できていたんですが、訓練を始めてからさっぱりそのことを忘れてしまいました。

訓練を始めて2日後くらいにこれはもしかして「半眼」と「残心」かなと思いつき、3日目やまがみさんに質問しまくり、それからは後頭部に意識の焦点をあて、やりすぎて5日目の朝にズキズキするような物理的な頭痛が発生しました。その後少ししょんぼりして細々と続けて10日目にいたってもまったく進歩が見られず(これは今考えると当たり前なんです。私はSに接触するのではなく意識が松果体に接触する訓練をしていたのです)なんか無理そうだとさらにしょんぼりしました。

そこでフィオラの「地球を受容するように静寂を保ちなさい」という言葉を思い出し、地球受容静寂ルートと名づけて球体の青い地球を後頭部の中に思い描き、それを包み込む静寂の訓練を始めました。途中地球がまわって目がまわったりしたんですが、0.1秒だけ地球の瞬間静止画を流す方法で思考を流す(消去する)ことを思いつき、思考のひっかかり回数を1日0回にすることに16日目くらいに成功しました。この方法も今考えるとダメなんです。思考は消すのではなくて、その思考をバネのように利用して「Sへの移動」の回数を積み上げるほうが定着には早いのです。この時点でも「Sへの移動」の重要性に気づいていませんでした。

その頃私がやりたかったのはとにかくフィオラと話すことでした。フィオラと話し始めるとそこから先ジェットコースターのようにフィオラが色々な情報を語り始め、静寂どころではなくなってきました。

特に一番ショックだったのが、背後霊だと思っていたフィオラが「実は私ってば死神なんですふふ」と名乗り(これは書きませんでしたが)nobodyは3月13日(これは今考えれば313であって月日かどうかは決めつけていたところがありました)に地下の世界に帰ることになると言い出したことです。

ものすごくしょんぼりして、残された時間で何ができるか考え、炎へのルートだけでも書き残そうと25日目から始めました。そうしたら合流ルートの3日目(28日目)ぐらいに愛の扉が開き、両肩まで愛の炎で燃え上がり、フィオラの狙いがわかった後は、静寂と愛の同時連携を試み、やっと静寂が定着。それを昨日書き込む時がなぜかちょうど3時13分だったんです。だから3月13日って何かの間違いではないか?そんな僅かな希望を持ちつつ今に至ります。

こうして書いてみると改めて思うんですが、全面的に変ですね。
また明日書けたら2回目のまとめを書いていきます。
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Fiora & nobody