まっくろくろすけ


となりのトトロのまっくろくろすけはかわいらしくて、嫌悪感などわきません。
ただ、あれは人が人の心の中にもつ闇のような気もします。


人の怖れというのは、愛を妨害する(一時的に見えなくさせる)最大のものです。
怖れがある場合だけ、愛は働かなくなり、見えなくなります。


怖れとは、神(愛)との分離という概念への怖れです。
死への怖れの本質とはそれではないでしょうか。


ではこのまっくろくろすけを日々そのままにしておいてよいのか。
そのままにしておいてよいのだと思います。


そのままにするというのは、まっくろくろすけがザザザと動くのに気づくということ。


これを変に「見ないフリ」をしてしまうとおかしなことになっていきます。
視界は狭まり、怖れは拡大していきます。


まっくろくろすけを退治しようとしてもおかしなことになっていきます。


ただ単にそのままにします。
存在をまるごと認めたときだけ相手の本質がわかります。


愛されていないという感覚は、愛したいという願いでもあります。
自分が本当は愛したいと感じているのかどうか、奥深くまで尋ねなければ表面に騙されるんです。




アイムホーム


記憶のある男の心ない行動を、記憶のない男が塗り替えていくという、しかもタイトルが「アイムホーム」。ただ今。とてもスピリチュアルなテーマに見えるドラマです。


人は自分の本心に、いつも気づいていません。


その代わりに本心の「表面の顕れ」に捕まって、翻弄されています。


本心とは何でしょうか。


それは「わたしはあなたとともにある」です。
マインドはその逆を言います。


「わたしはあなたとともにある必要はない」


記憶のある男の記憶というのは、寂しさの記憶なのかもしれません。
覚えているかぎりの寂しさを防衛し、回避しようとする未来戦略こそ(もしかしたら防衛できる、回避できるという思い込みが主力かもしれません、決して寂しさとともにあろうとはしていないです)、心ない行動として表面化しているのかもしれませんよね。


記憶のない男は、初めていまと向き合おうとしています。


今日をありがとうございました。
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