わたしの今日は他の人や自分に屈辱を与えたり
尊厳を軽視するためにあるわけじゃない。


わたしの尊厳とあなたの尊厳はひとつ。
体で理解するためにここにいます。



アダムとイブも同じように「もし」と考えました。「もし、わたしがこのリンゴを食べ、神様と同じくらいの力を持つようになったら?」ふたりもまた、自分でかってに恐ろしい答えを考えだし、恥ずかしいと思って、神の目から姿を隠そうとしました。あなたがたはいま同じ問いを立てています。おなじリンゴをかじっているのです。あなたがたも、神と隠れんぼをしようとしています。


あなたの犠牲者としての経験を作っているのは、たえまないこの自問自答なのです。


自分には愛を与えたり受けとったりする価値がないのでは、と疑ったとき初めて、悪の問題が生じてきました。愛を与え、受けとることこそ、あなたの存在のありかたです。あなたは自分が愛に値しないかもしれないと疑いました。自分だけでなく、この世界のすべてのものがです。そこで、さあ選択です。あなたがなすべき唯一の選択は


わたしは愛に値するか


という問いに自分で答えるか、神のお答えを待つかです。


実にかんたんなことです。神に、あなたのもともとの誤った思いこみを正していただくか、この思いこみを真実として受け入れ、その上に自分の人生を築くかです。


神に向きなおって、こう言うのに遅すぎるということはありません。
「神よ、わたしの出した答えは、自分の心を恐怖で満たしました。その答えは、人生に悩みと苦労をしか持ちこみませんでした。だからこの答えはきっと誤っているのです。どうか別の答えを探すのを手伝っていただけませんか」


地上でのスピリチュアルな生活は、この問いを口にすることから始まります。どんな宗教を信じているかは関係ありません。社会的地位あるいは経済的状況は関係ありません。自分の誤った信念や思いこみに立ちむかう準備の整う瞬間が、だれの人生にも必ずやってきます。


自分自身の疑いを疑うこと、自分自身が否定的な存在であることを否定することが、ターニング・ポイントになります。物質世界への下降の終わりであり、天への上昇の始まりです。


自分自身を、またほかの人を、不幸な犠牲者と見ているかぎりは、神のパートナーにはなれません。”新たな契約”はあなたに、神の王国を自分のハートの中に認めることを求めています。


自分が、あるいは兄弟が、愛に値しないという考えを拒否してください。悪とは恐怖心の中で生み出された考えだとして拒否してください。神の力を濫用しうるなどという考えを、拒否してください。


”新たな契約”とは、「もし……したら?」という問いへの、神の答えを受けいれることです。


神をふたたび人生に受けいれれば、この世界およびそこに住むものとの経験すべては、すっかり変わってしまいます。あなたは近寄ってくるすべての子どもの父親であり、母親であり、近寄ってくる老人の息子、娘となります。友だちの多い人にも孤独な人にも、友だちとなります。自分が愛されていることを覚えている人をも、それを忘れた人をも愛します。


あなたの愛に満ちた存在と神の愛の実践が、必要とされないような場所はありません。すべての場所があなたのやさしい言葉を呼び求めています。


不幸という夢は、その存在を問いつめ、拒絶したときに、終わっています。あなたが自分の不幸を問いつめるとき、ハートの中にある無条件の愛に目覚めてゆくのです。


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「教師」は愛を願い求める人には、行いで、あるいは言葉で、愛を及ぼします。こうすればそのうち救われると言ったり説いたりして、信じない人をおどしつけたりしません。救済は、いま、救われたいと願う人すべてに与えられています。


ほんとうのことを言えば、あなたをひきあげるのは神ではありません。わたしでもありません。あなたがあなたをひきあげるのです。自分がいかに愛すべき存在かを思い出し、神の計画のなかでの自分の役割を受けいれることで、自分をひきあげます。


自分の全能性を受けいれるためには、まず神と和解しなくてはなりません。すべての力は神から来るからです。あなたも対等のパートナーとしてそれを分かちもつのですが、神と離れては、その力を行使することはできません。


神の愛の力は、濫用などできません。拒絶し、否定し、隠してしまうことはできるでしょう。しかしあらゆる拒絶、否定、秘めた罪悪感にも限界があります。真実は、ゆがめられるかもしれませんが、完璧に抹消されたり否定されたりすることはありません。どんな暗闇にも一点の光はつねに残っています。その光は、それを見つけたいという望みがわきあがったときには、つねに見つかります。


友よ、あなたは自分の夢の主人公です。闇を夢見たのもあなたなら、光をもたらすのもあなたです。あなたは誘惑者と救済者のひとりふた役です。この自作自演のドラマの中で、あなたのかかえる問題は神との関係のみです。見かけは兄弟とのもめごとのように感じるかもしれませんが、そうではありません。


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善悪の木は、あなたの心(マインド)の中に生えています。自分がつまらないものだとか、力を誤ったふうに使うとか、あなたが考えているのは、あなたの心の中でだけです。あなたの答えと神の答えが、ぴったりひとつになるときがやってきます。そのとき善悪の木は、分かちがたい全体である、生命の木になるでしょう。愛はもはやその敵対物をもたず、自由にあらゆる方向へ広がってゆきます。


だれかが近づいてきて、あなたの愛に、また自分の愛に条件をつけようとしたら、あなたはこう言います。
「兄弟よ、わたしはその夢を見たけれども、その結果を知った。それは苦しみと死にしかつながらない。どちらにとっても満足はいかない。そんな夢を生みだした、もともとの思いこみをよく調べてみよう。いっしょに考えれば、きっと道が見つかるはずだよ」


地上での自分の目的はなんだろうか、と考えたことがあったとしたら、この前の段落をもう一度読んでください。そうすれば、自分の目的とは、愛の呼びかけを聞いたらつねにそれに応えることだけだったのだ、と思い出します。どのようにとか、なぜとかは、あなたが目の前に開かれた扉を通りぬければ、愛がみずから取りはからうでしょう。


わたしはあなたがたに、レンガの壁を通りぬけなさいとか、水の上を歩きなさいと言った覚えはありません。扉が開いているのを示し、入る準備ができているかどうか、たずねただけです。あなたも兄弟に対して、それだけをたずねてください。


条件をつけずに愛することのできる人は、結果に執着しません。心配をやめてください。契約はすべての人のハートの中にあって、神のみが、だれが準備ができているかをご存じです。それは神におまかせし、ただ神とともに働くことを心がけましょう。神の意志を行うとき、人生ははるかにスムーズに流れてゆきます。神を信じるとき、ハートはそのふちまで愛と受容になみなみと満たされ、あふれ出るのです。


こうしてわたしたちは、愛の供給に限りのないことを知るでしょう。それには始まりもなく、終わりもありません。地上のすべての限界は、神の王国がわたしたちのハートの中に建てられるとき、きわまりのない天の愛のなかに溶け去るのです。






今日をありがとうございました。
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