0秒 12日目

こんばんは。今夜のテーマは「影と光」です。


「光の空間」はまさにクオリアのため直接伝達することができず、現実と呼ばれる世界が光によって投影された「影の世界」だと気づくことはなかなかできませんでした。


外側とは内側のことであり、内側とは外側のことであるシンプルだけれども鏡のような世界の構造に私たちは簡単に騙されてしまいました。


人間社会で最も多く使われた単語であろう「愛」もその意味は大きく誤解され、本来内に向けるものなのに、外に向けるものとされていました。
それが内なる光の空間を指すことに気づかれることはほとんどなかったのです。
おそらく人類史上初めて、この傾向が逆転し始めています。


S(気づいている意識)の定着と愛の定着は同時だと思うようになりました。


本来は。


この定着時に、ハートチャクラが「怖れ」で蓋をされている場合のみ、愛の定着との時差が発生するような気がしています。

S(静寂)と愛は同じものです。


透明な光(絶対静止)の深度に近づけば近づくほど「あり方」の愛が姿を現し始めます。
通常の意識状態で聞いても、「あり方そのものが愛」というのは想像ができない観念でしかありません。ですが、事実です。


個々人に沿った台本が誕生時から目覚めの瞬間まで改変を加え続けられながら今、存在しています。
学んでいるのではありません。
役者が、台本に沿って演技をしています。
体験のためにです。


私たちは眠っているのです。


そして、「現実」という呼び名で住人から呼ばれる「夢」の一シーンを今この瞬間に現在進行形で体験しているのです。こういう言葉も、今この瞬間にあなたが光の空間を感じるために内側に意識を向けている「状態から」外側を体験していないと意味が通じません。


人を優しく揺り起こそうとする呼び声が今高まっているようです。


風景は変わりませんが、風景を「映写」している「わたし」に気づくことで、空間意識に移行することで、内側が外側であると気づくことで、胸中心奥から「満ち足りている」愛エネルギーが起きている間中ずっと続くようになっていきます。

Sから(意識の焦点が)外れれば愛からも外れ、
愛から(意識の焦点が)外れればSからも外れます。


透明な光はあらゆる感覚を超越するため、
どんな至福にも終わりがありません。


それは二極性の世界の進歩と退歩の天秤に囚われる進歩ではなく、
終わりのない至福創造の旅とも言えます。


私たちに限界はありません。
透明な光は概念だけを超越するのではなく、あらゆる神の感覚をも超越します。
それが神なのです。
それは何もしない、そしてあらゆることをする潜在的可能性です。
あなたの正体がそれであることに気づき、帰還は完了し、また同時に新たな創造の旅が始まります。


透明な光は静止したまま、どこまでも創造の自由を祝福しています。

今日もありがとうございました。
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