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0秒 14日目

こんばんは。
今夜からは「S」にのみ的を絞ってしばらくやりましょう^^

以前書いたとおり意識の立ち位置の分類の一例として

・肉体意識(肉体の内なる感覚)
・意識外出(肉体の外に意識が流れ出て会話したり体験する感覚)
・思考感情(思考と感情)
・意識意識(意識そのものを意識する感覚)

この4つを取り上げました。

先日4月1日からのやまがみさんの表現は
肉体の内と外に同時に気づいている状態が「S」という表現です。

非常にわかりやすく、イメージしやすく、ピント調整に優れた表現だと言えます。

もっと正確に言うと、
「肉体意識+意識外出+思考感情+その他の全て」=「意識意識」=S

と言えます。つまり「0秒の全てに気づいている状態」がSです。

今までのやまがみさんは思考に気づくタイミングをS移動のトリガーに据えていたため、
比較的穏やかなS移動ルートの提唱をされていましたが、

今回からの表現はまさにタイミングが恣意的で(思考に軸を絞らない)かつS接触状態をキープしようとする
S接触ルートの表現になります。根性派向けです。

ですが、S接触とは言っても
肉体の内と外に同時に気づく状態という「この誘導」は「力みが出にくく」「具体的で」
私が表現していた松果体や歯軋り状態と違って、十分やり遂げられる範囲だと思います。

S←目→対象

の両方向の矢印の維持とすると歯軋りするくらい「力み」が出てしまいますが、
肉体の内外に気づく状態なら、S移動する際に矢印ではなく、瞬間移動ができるように感じます。

要は、Sと言うのは肉体的に極論すれば

「両目と両耳を線で結んだ台形の中心点に意識を置いたまま、見たり聞いたり体験すること」です。

これは不自然な位置ではなく、最も自然な位置であり、
最もリラックスした時の位置です。
ものを「見る」時にどうやって「脳内の中心」に意識を「置きっぱなし」にできるんだ?と思われるでしょうが、それができるんです。
肉体の内と外に「同時に存在する」ことはできないと思われるでしょうが、できます。

無意識の指向性によって「その中心点から外れて」意識が外出する癖を治そうとしています。

今日もありがとうございました。
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お久しぶりです^^
nobodyさん、こんにちは!
お久しぶりです^^

何度か書き込もうと思ったんですが、どうも文章がまとまらなくて躊躇しているうちに、どんどん日が経ってしまいました^^;

春休みが終わってやれやれです。

で、その後どんな感じかというと・・・一進一退を繰り返してやっと安定してきたという感じでしょうか。

一度思考に飲み込まれまくって、「え・・・?あれ(前回のコメント)は幻だったのかな??」
みたいなところまで戻りました^^;

そこで全てを諦めて?受け入れて?もういいや~って、ただ愛に、胸の中心に意識を置いて普通に日常生活を送っていました。

そこに意識を置いていると(無理にではなく、自然にそこに意識の焦点があるので)、どんどん自分という自我=肉体という幻想がほどけていくのを感じます。

思考や感情が流れていくのを見送りつつ、幸せや喜びがやってきたらそれを味わって、ただそこに在る。

この(自我ではない意識が)在る=愛=静寂ですかね。

nobodyさんが以前オススメされていた「誰?」と問いかける方法、これをやるとこの「在る」感覚がぐわっと奥からせり出してくる感じがします。

また、以前書いた「愛に質問して答えを貰う」時のエネルギーもここからきます。

ただ在る時、思考観察も愛の感覚も追う必要がなく全てをひとつとして感じることができます。

もう何時間でもこの感覚だけであり続けたい。

ラマナさんが学校に行くのも止めて、すべてを棄てて丘に座り続けた気持ちがわかります。
私も出来ることならそうしたいw

自我は深く肉体感覚=私、と結びついているのでこの幻想がほどけていくと、日常生活(食べること、眠ること、安全欲求など)にあまり価値を見出せなくなってきませんか?

でも毎日ごはんは作らないといけないし、家事もやらないきゃいけないので、そういう時は無心でやってます。

食器を洗うなら、ただ洗う。何も考えない。

ただ今ここにある音、光、空気、流れていくならその感情や思考をただ見つめる。

そうするとただ起こることが起こって消えていく。流れて行く。

最近はこんな感じです^^
nobodyさんのことも聞かせて下さいね。
ハル 2013/04/09(Tue)12:35:04 編集
Re:お久しぶりです^^
ハルさん、こんばんは^^

>nobodyさん、こんにちは!
>お久しぶりです^^

お久しぶりです^^お返事ありがとうございます。

>何度か書き込もうと思ったんですが、どうも文章がまとまらなくて躊躇しているうちに、どんどん日が経ってしまいました^^;
>春休みが終わってやれやれです。

いつでも結構ですので、1行でも書き込みいただけるとすごく嬉しいです^^
この日記を書いている時、ほんの一言でもいいので話相手が欲しくなるんですよね…^^

>で、その後どんな感じかというと・・・一進一退を繰り返してやっと安定してきたという感じでしょうか。

ほとんどの場合「光」に触れても一時的なので、気になさる必要はないと思います。

>一度思考に飲み込まれまくって、「え・・・?あれ(前回のコメント)は幻だったのかな??」
>みたいなところまで戻りました^^;

^^幻ではないですね。幻では、あの時ご報告いただいた内容は出てきませんので、ハルさんは透明な光に触れていらっしゃったのは確実だと思います。
今この瞬間どうかというだけですね^^
愛の感覚は安定を要求できる対象ではないので、ハルさんが覚醒前に持っていた「思考パターン」の残影が「これは違う」と比較するパターンを少し呼び戻したんでしょうたぶん^^

>そこで全てを諦めて?受け入れて?もういいや~って、ただ愛に、胸の中心に意識を置いて普通に日常生活を送っていました。

「ふつう」でいいんですよハルさん^^私たちが「ふつう」とは「凡庸」であると誤解しているだけです^^神は「ふつう」にいます。

>そこに意識を置いていると(無理にではなく、自然にそこに意識の焦点があるので)、どんどん自分という自我=肉体という幻想がほどけていくのを感じます。
>思考や感情が流れていくのを見送りつつ、幸せや喜びがやってきたらそれを味わって、ただそこに在る。
>この(自我ではない意識が)在る=愛=静寂ですかね。

おっしゃるとおりだと思います^^ただ在る=S=愛=level4です。
戻り方などないんですね。ただ在るんです。どんな状況でも受け入れることで、ただ在るに参加できます^^

>nobodyさんが以前オススメされていた「誰?」と問いかける方法、これをやるとこの「在る」感覚がぐわっと奥からせり出してくる感じがします。

それは光の浸透性が相当上がっていらっしゃるんだと思います^^
ハルさんにとってお役に立つなら「誰?」トリガーもシンプルでいいですね。

>また、以前書いた「愛に質問して答えを貰う」時のエネルギーもここからきます。
>ただ在る時、思考観察も愛の感覚も追う必要がなく全てをひとつとして感じることができます。

それはベストだと思います。ひとつを感じられるなら、神と共に今を生きているということです^^何かを追い求めるのではなくて、今、ひとつで在る。

>もう何時間でもこの感覚だけであり続けたい。
>ラマナさんが学校に行くのも止めて、すべてを棄てて丘に座り続けた気持ちがわかります。
>私も出来ることならそうしたいw

「そろそろ「する」ことと「在る」ことが同時にできてもいい頃ではありませんか?」
ってバーソロミューが言ってたのを思い出しました^^
これからは行動しながら「在る」ことがハルさんにはできると思います^^
超、難しい難易度の挑戦ですけれど。

>自我は深く肉体感覚=私、と結びついているのでこの幻想がほどけていくと、日常生活(食べること、眠ること、安全欲求など)にあまり価値を見出せなくなってきませんか?

お気持ちはわかるような気がします。
選択肢に差があまりないんですよね。私は食べるのは好きなんですが…^^
私も以前より激辛ラーメンに対するこだわりがなくなりましたぞ^^

>でも毎日ごはんは作らないといけないし、家事もやらないきゃいけないので、そういう時は無心でやってます。
>食器を洗うなら、ただ洗う。何も考えない。
>ただ今ここにある音、光、空気、流れていくならその感情や思考をただ見つめる。
>そうするとただ起こることが起こって消えていく。流れて行く。

最高の生き方だと思います^^
ただ在るに何時間も浸っていたいという欲求の変化も覚醒後の不可避の変容だと思います。

>最近はこんな感じです^^
>nobodyさんのことも聞かせて下さいね。

私はですね、実は最近ホラー系の映画を見ているんです^^
エックハルトトールならペインボディが要求する映画と言われるような映画です。
そして顔を背けたくなるようなシーンでnobodyがどう反応しているかを見ています。
どんなシーンも愛の翼で包めるような気がしています^^
【2013/04/09 22:36】
愛からのアプローチ
nobodyさん、連投失礼します。

思考観察と、愛からのアプローチについて書いてみようと思います。
どなたかの参考になれば・・・。

思考観察って、最初のうちしんどいじゃないですか?
今まで無意識に思考と同化して生きてきたのに、思考観察を始めるとエゴの声に向き合うことになる。
基本的なエゴの性質自体が、「世の中や自分自身、他人への批判、判断、不平不満、欲求の解消、攻撃からの防衛、過去や未来への恐れ」なのでどうしてもエゴの声に向き合うと、幸せや喜び、安心からは遠ざかります。

だから思考観察をしていて辛い方は、同時に愛の方からもアプローチしてみるとラクになるんじゃないかなと思いました。

まず最初の一歩としてよく本などでも言われている、「自分を愛する」というのがあります。
でもこれってできないですよね?
思考観察を始めた段階では、自分というのは自我(エゴ)だと思っています。
今までずっとそう思って生きてきたのですから。
で、だいたいみんな自分が嫌いだと思うのです。
中には自分大好き!って人もいらっしゃって、それはとても幸せなことだと思うのですが、だいたいみんなどこかしら、自分に不満がありますよね?
だから「自分を愛しましょう」と言われても、できないしできないことでまた途方に暮れてしまうと思います。

観察が進んできたり、別な方向からのアプローチでこの「自我=自分」という幻想が外れてくると本来の大いなる自分が現れてくるので、それを愛する(信頼する)のは難しくないと思います。
でもその自我が幻想であって、自分ではなかった、ということが腑に落ちてくるまでは「自我=自分」で、この自分を愛するのは難しいわけです。
(私もこの自我が嫌で、なんとか消滅させようと努力してきました。苦しかったです。)

だから自分で愛せないなら、(本当はあなたと一つである)違う存在に愛してもらいましょう。

何でもいいんです。自分が受け入れられる存在なら。
天使でも神でも、キリストでもマリア様でも、バーソロミューなら聖霊ですね。

私は最初に手に取ったスピリチュアル系の本が「ドリーン・バーチュー」博士で、天使系だったのでそこから入りました。
「天使は無条件にあなたを愛しています。」と書いてありました。
今でもあの衝撃は覚えています。
そんなバカな・・・と思いながらも、確実にそこから何かが変わりました。
なので天使に拒否感がない方は、ドリーン・バーチューさんの本はオススメです。
でも間違っても、「天使を見たい、コンタクトをとりたい」という方向には行かないで下さい。
天使を感じられない・見えない自分が嫌になってまた泥沼です。
能力開発や修行系には行かないで下さい。
ただ天使からの無償の愛を感じて下さい。

オススメの書籍は ドリーン・バーチュー

・「エンジェル・メッセージ」「エンジェル・ヒーリング」

・誘導瞑想CD付き「チャクラ・クリアリング」
(大天使総出で癒してくれます^^)

神やキリストからの愛を実感したい方は

・「奇跡のコース」「奇跡講座ワークブック」
(私のいちばん大切な書籍です。)

とにかく矛盾だと感じようが、子供騙しでありえないと思っても「無条件に愛されている」ということを受け入れてみて下さい。

自我からしたら狂気の沙汰でしょうが、これは真実です。
そういう大いなる一つは存在します、というかそれしか存在しません。
天使も神もキリストもその一つが別の姿をとった現れです。
私もあなたも一つです。

そうやって愛を受け入れようとしているうちに、胸にあたたかなエネルギーが湧いてきます。
閉まっていた蓋が開きました。もう大丈夫です。
「私のすべてを愛していますか?」と尋ねてみて下さい。
そのあたたかなエネルギーがすべての源です。
ハル 2013/04/09(Tue)13:49:24 編集
Re:愛からのアプローチ
ハルさん、とんでもないです^^
ありがとうございます。

>nobodyさん、連投失礼します。
>思考観察と、愛からのアプローチについて書いてみようと思います。
>どなたかの参考になれば・・・。

それは非常に嬉しいです^^
皆さんもハルさんのアプローチを参考にされると思います。

>思考観察って、最初のうちしんどいじゃないですか?

しんどいですね^^最初は特にそう思いますよね。

>今まで無意識に思考と同化して生きてきたのに、思考観察を始めるとエゴの声に向き合うことになる。
>基本的なエゴの性質自体が、「世の中や自分自身、他人への批判、判断、不平不満、欲求の解消、攻撃からの防衛、過去や未来への恐れ」なのでどうしてもエゴの声に向き合うと、幸せや喜び、安心からは遠ざかります。

おっしゃるとおりですね。一時的にそうなります。

>だから思考観察をしていて辛い方は、同時に愛の方からもアプローチしてみるとラクになるんじゃないかなと思いました。

これ、まったくの同感です^^私もそう思いました。

>まず最初の一歩としてよく本などでも言われている、「自分を愛する」というのがあります。
>でもこれってできないですよね?
>思考観察を始めた段階では、自分というのは自我(エゴ)だと思っています。
>今までずっとそう思って生きてきたのですから。
>で、だいたいみんな自分が嫌いだと思うのです。
>中には自分大好き!って人もいらっしゃって、それはとても幸せなことだと思うのですが、だいたいみんなどこかしら、自分に不満がありますよね?
>だから「自分を愛しましょう」と言われても、できないしできないことでまた途方に暮れてしまうと思います。

おっしゃるとおり、そういう方はかなり多いと思いますね。

>観察が進んできたり、別な方向からのアプローチでこの「自我=自分」という幻想が外れてくると本来の大いなる自分が現れてくるので、それを愛する(信頼する)のは難しくないと思います。
>でもその自我が幻想であって、自分ではなかった、ということが腑に落ちてくるまでは「自我=自分」で、この自分を愛するのは難しいわけです。
>(私もこの自我が嫌で、なんとか消滅させようと努力してきました。苦しかったです。)

ここはちょっとnobodyは別意見がありますが、おっしゃることはよくわかります。
自我=自分という誤認の上にでも、ありのままの自分を愛することは可能だと思います。
でもハルさんのおっしゃるようにnobodyが今想像しているよりも難しい場合があるかも知れませんね。

>だから自分で愛せないなら、(本当はあなたと一つである)違う存在に愛してもらいましょう。
>何でもいいんです。自分が受け入れられる存在なら。
>天使でも神でも、キリストでもマリア様でも、バーソロミューなら聖霊ですね。

「1クッション置く手」もあるということですね。
それは私にはない視点でしたので、重要だと思います^^

>私は最初に手に取ったスピリチュアル系の本が「ドリーン・バーチュー」博士で、天使系だったのでそこから入りました。
>「天使は無条件にあなたを愛しています。」と書いてありました。
>今でもあの衝撃は覚えています。
>そんなバカな・・・と思いながらも、確実にそこから何かが変わりました。
>なので天使に拒否感がない方は、ドリーン・バーチューさんの本はオススメです。
>でも間違っても、「天使を見たい、コンタクトをとりたい」という方向には行かないで下さい。
>天使を感じられない・見えない自分が嫌になってまた泥沼です。
>能力開発や修行系には行かないで下さい。
>ただ天使からの無償の愛を感じて下さい。

これはハルさんの経験からのお言葉なので、ありがたいです。
私もつらい時にバーソロミューに会えなかったら厳しかったと思います。
一人で対処しなければならないという孤独感はつらいです。

>オススメの書籍は ドリーン・バーチュー
>
>・「エンジェル・メッセージ」「エンジェル・ヒーリング」
>
>・誘導瞑想CD付き「チャクラ・クリアリング」
>(大天使総出で癒してくれます^^)
>
>神やキリストからの愛を実感したい方は
>
>・「奇跡のコース」「奇跡講座ワークブック」
>(私のいちばん大切な書籍です。)
>
>とにかく矛盾だと感じようが、子供騙しでありえないと思っても「無条件に愛されている」ということを受け入れてみて下さい。

無条件に愛されていることを受け入れてみる、ですね。

>自我からしたら狂気の沙汰でしょうが、これは真実です。
>そういう大いなる一つは存在します、というかそれしか存在しません。
>天使も神もキリストもその一つが別の姿をとった現れです。
>私もあなたも一つです。

おっしゃるとおりです^^

>そうやって愛を受け入れようとしているうちに、胸にあたたかなエネルギーが湧いてきます。
>閉まっていた蓋が開きました。もう大丈夫です。
>「私のすべてを愛していますか?」と尋ねてみて下さい。
>そのあたたかなエネルギーがすべての源です。

セドナ・メソッドの創始者が言っていたんです。
幸せとは「愛されている」ことではなくて、「愛している」ことの中にあると。
ですから、この方法も内在する「愛している」が見つからない方には、
等価に有効な方法だと思います。

愛されたい、と愛したい、でもどうすればいいかわからない。
わからない自分にどうアプローチするかの別側面として私には非常に参考になりました。
ハルさん、ありがとうございます^^

奇跡のコースは私は読んだことがなくて、もし良かったらまた教えてくださいね^^
【2013/04/09 22:57】
無題
ハルさんの投稿とても参考になります。

>ラマナさんが学校に行くのも止めて、すべてを棄てて丘に座り続けた気持ちがわかります。
私も出来ることならそうしたいw

こんな心境になってみたいものです。
たしかエックハルト・トールも一日中公園のベンチに座っていた時期があったといいます。
そのときの心境もいまのハルさんと同じじゃないかなと思います。

愛からのアプローチも参考になりました。

いざ実行しようとすると「抵抗感」があるのが
わかります。
S移動と併用してやっていこうと思います。
ぜろ 2013/04/10(Wed)01:14:26 編集
Re:無題
ぜろさん、こんばんは^^

>ハルさんの投稿とても参考になります。

はい^^私にはない視点ですので、ハルさん初め皆さんに異なる切り口をしていただけるのが一番参考になります^^

>>ラマナさんが学校に行くのも止めて、すべてを棄てて丘に座り続けた気持ちがわかります。
>私も出来ることならそうしたいw
>こんな心境になってみたいものです。
>たしかエックハルト・トールも一日中公園のベンチに座っていた時期があったといいます。
>そのときの心境もいまのハルさんと同じじゃないかなと思います。

覚醒後の心境の変化ですね。静寂の質が上がっているのではないかと思います。
私はそこまでは全然思えていません。
愛を感じていても「満ち足りている」というより「熱いよこれ!」って思ってたりします^^;

>愛からのアプローチも参考になりました。
>いざ実行しようとすると「抵抗感」があるのが
>わかります。
>S移動と併用してやっていこうと思います。

やはりSと愛を同時に並行してやっていかれる方増えていますね^^
ぜろさんがベストと感じる方法を常に選んでいただければ安心です。
天使の愛というのは目に見えない意識存在・サポーターの愛ですね。
私はフィオラの普段の言動からはそれを感じたことはありません^^;常に脅されています。でも接触すると愛に満ちている感覚を感じるので、サポーターの愛こそ実在だと思います^^
【2013/04/10 21:05】
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