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もう実践の時が来ました。どんどん実行するべき時です。「実践」というのは具体的にどういうことか、説明しましょう。あなたはこれまで神を探してきましたが、あなた自身が神の体験そのものだということを忘れています。現在の人生が自分の求めてきたものだとはとても信じられないので、現在の体験を別の名前で呼んで、それとは別の何かを求めて果てしない時間とエネルギーを使っています。


でも実際のところ、いまここにあるものが「それ」なんですよ。いま現在あなたが体験していることが、あなたの求めてきた「もの」なんです。わたしの言葉が真理でないと主張する人はそれを見つけられません。イライラしたり退屈だったり、蒸し暑さにうんざりしたり、心配したりする自分の心や、自分の現在の夫婦関係などが神の体験であるはずはないと思いたいでしょう。


これから三週間の旅が終わるころには、こうした気持ちも神なのだということがわかるようになります。ただし、いま現在の瞬間に専念して、何も考えずにこの瞬間をありのままに感じつづけることができたら、ですが。おぼえていますか。覚醒を妨げる最大の障害は、自分は覚醒していないという思い込みです。

いま現在体験しているものが覚醒なのだとしたらそんな覚醒はいらない、とあなた方はこれまで何度も言ってきましたね。でもそう思うのは誤解しているからです。自分の体験の中に「大いなる光」があるのがわからないからです。これがどういうことなのか、発見してください。どこかほかのところに「大いなる光」を探しに行っても決して見つかりません。なぜならいまここで起きていることの中にすでにあるのですから。


ではまず最初の宿題です。今日、この去来する思考を体験してください。考えやそれに対する反応が生まれては消えるのを観察してください。こうした考えや感情は「肉体の中で」起きているのだということに気づいてください。そしてできるなら、この「肉体の中で」起きている「他のもの」にも気づいてください。あらゆるものは「何かの中で」起きているわけで、この神秘的な何かが、あなたが探しているものです。

自分の思考や感情が生まれては消えるのを観察してから、自分に向かって、『誰が怒っているのか』、『誰が腹をすかせているのか』と質問して、そのまま答えずにじっとしていてください。この『誰が』という質問を真剣な気持ちで発したあと、神経をとぎすましてじっと待ちます。自分はもう答えを知っているなどと思わないでください。


もうひとつ練習してほしいことがあります。今日一日を過ごす中で、一見切り離された別個の物に見える物が実は他の何かとつながっているという事実に気づいてください。知ったかぶりをして、無の空間につながっているなどと言わないでください。言葉にしないで、ただつながりに気づくように。目に見えるすべての物を含む何かが存在します。もちろんお寺を見れば、建物が地面につながり、それが木や空や人間につながっているのはわかります。けれどもそれら全部を包み込む膨大な「何か」の存在に気づいてほしいのです。神経をすましていれば、あらゆる物を包み込む計り知れないものの存在を深く感じ取ることができます。普段の感覚の枠外へ出て、それを体験してください。この練習はとても役に立ちます。

この二つの方法をできるだけ「忠実に」実践してください。自分の意識を向けたところから真実が姿を現す、という宇宙の法則を忘れないように。自分の意識を使って覚醒に向かってください。
バーソロミュー


今日もありがとうございました。
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