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いま扉は?



開いてるよ。


自分の外にある世界に力の源泉を求めるとあなたは弱くなり、自分のなかの力に頼るとあなたは強くなります。


自分の強さを知らないと、自分が何なのかを見つけるために充分リラックスすることもできません。安心したときに、人は初めてリラックスできるのです。リラックスしたときに初めて、自分の内部にいつも存在している資質を感じることができるのです。


こうした怖れはあやまった自己観に根ざすものです。あやまった自己観とは、自分はこの肉体を持つ、か弱い人間なのだという考えです。自分は無力で一人ぼっち、孤立していて、まったく気まぐれのエネルギー域のなすがままになっているというものです。こうした考えはどれも真実ではありません。


あなたは肉体ではないし、肉体の法則にしばられているわけでもありません。あなたの安全や幸せは、あなたの肉体やほかの人の肉体が、どうするかということにかかっているわけではありません。


目をそむけている怖れがあると、人生のすばらしさを味わうことができません。ですから、怖れが表面化するのを邪魔しないでください。そして、出てきた怖れを批判しないで、優しくそれと向き合ってください。


そして、自分は強さを感じる「意志」があるのかどうか、と自分に尋ねてみてください。自分の強さを感じる意志があるのは当然だと思うかもしれませんが、それがそうでもないのです。強くなると、孤独になるかもしれないと怖れている部分があるのです。


自分の人生が勝手に進むにまかせるというのはとても恐いことです。自分の思い通りにならなかったらどうなるだろうと考えると、恐ろしい気がします。けれども、私があなたに直面してほしいと頼んでいるのは、そういうことなのです。外界のものがこうであってほしいと思うことをきっぱりとやめ、自分の内面の強さの感覚だけに心を集中してください。


非常にもめている会話の最中に、会話の内容に注意を払う代わりに、自分の内奥深くに降りていき、自分の強さを感じながら静かにしていてごらんなさい。どんな感じがするか、何が起こるか、やってみてください。



 マッチ売りの少女の話を知っているでしょう。あなたが探しているのはマッチの炎ではなく、永遠なる神殿の炎です。マッチを擦るのはおやめなさいな。

はい。ところで昨日も警報ならしたね。

 そうかもしれませんね。

フィオラ聞いたことあるかい?恐怖は増大するけど、愛は常に一定だって。本当?

 本当です。

恐怖ってのは何?本質は何なの?

 未だ触れられず、未だ目撃されず、愛されていない愛です。

それに触れ、それを見て、愛するために我々は生まれるの?

 確かめてみればいいと思いませんか。

そりゃそうだ。



今日もありがとうございました。
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