求めよ、さらば与えられん。導きの知識に対して全力で挑み、そのときできるベストを尽くし導きを信頼するなら、手段は与えられ続け、最初から無駄のない完全に正しい知識に従うのと同等以上の結果になります。ですから道の途上は限界に満ちているという考え方をやめるのです。できないと思いこまないでください。神は応えてくれると信じ、心配しないでベストを尽くす。それだけでいいのです。すべてはつながっていて、少しも途切れることなく、断続していません。質問とゴールは離れていません。質問だけで解決しているのです。あなたは質問するだけでいいのです。


 どのようなわずかな想念でも、いったん人間が想像するとその瞬間に白が創造するため、現実予備となります。人間が誤解しているのは、この単純極まりない創造原理です。エネルギーに決まった動き方の法則などありません。あなたがたの固定観念を証拠と共に支えているのは顕現するまでの「時間差」にすぎないのです。あとはその現実予備にどのくらいエネルギーを集中するかの問題です。エネルギーが多い方が現実となります。想ったことは実現しますが優先原理を間違えて捉えているからつながっていないように見えるだけです。優先原理は主体の数が「いくつ」なのか思い出すことです。


 星の律動を感じますか。砂漠に染み渡る水のように。雷鳴轟く地表のように。頭で生きようとするのをやめることです。今あるのであればそれ以外の全てがあるのです。命を運ぼうとするのはもうおやめなさい。あなたはいのちとは何なのかわからないのです。今律動を感じますか。行き先がわからないことを問題ととらえるのは生きていないからです。今生き尽くしなさい。感じ尽くしなさい。



今日はちょっと変わった語彙が多かった。意味不明だったものを記録する。
黒龍(ヘイロン) 及び 黒龍の浮上
(龍の宝珠のことに何度か言及されていることと、黒龍の浮上から「新月の夜」の通信を今度一度試すことにする。つまり来週日曜日23日の20時32分。変な感触がした場合はやめる)
蝙蝠は闇の霧
キリストの文字が目の高さにあることを恐れた民衆の文字「○○」
(音は記録したが前振りに嫌な予感がするので記録から外す)
逍遥(しょうよう)心をぶらぶら外に遊ばせること。→用語に追加。



深い愛情で結ばれた人間関係について語るとき、やがては無条件の愛についての話に行き着きます。というのも、それが人間関係の究極的な目標ですから。さらに、無条件の愛は”大いなる愛の源”からの援助なしには体験できません。


ところが多くの人は、まず自分の欠陥を正し、人生の問題を解決してしまうまで、こうした深い真の愛情を得ることはムリだろうと思っています。けれども、人生の問題が解決してしまうなどということは、けっして起こりません。エゴを通して眺めるかぎり、自分や人生に完全に満足することはけっしてありません。


けれども、”いのち”そのもののなかにつねに真の愛が存在しており、その愛が人生の底流をなしているのだということに気づくと、人生が完璧ですばらしいものとなります。それはたえず存在する、深いレベルの運動です。その存在に気づき、その愛を体験してほしいと思います。


ここで<無条件の愛>と呼んでいるのは、すべてがあるべき状態であると思え、<いのち>の不思議と神秘に感動している心の状態です。そしてこの気持ちは、自分が見たり考えたりしたりすることのすべてに影響を与えます。この感覚を持つと、あらゆるものに意味があり価値があるということ、そして同時に、誰かがほかの人よりも優れているとか、何かがほかの物よりいい、などということはないと気づきます。


今日もありがとうございました。
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