地獄すら進軍するFiora


ここから先はすべてフィオラが今日言ったことだが量が多いので意訳する。


・”ヴリトラ”と呼ばれる巨大な蛇が目覚めました。


イメージとしては、地表を覆う5Gなどの電波網、人々の喜怒哀楽と想念の網が、地球の一定の高度まで海のように氾濫しています。
拡張現実において、ゴーグルを装着し、人々がスマホで検索するような検索キーワードを可視化すれば、その語彙の群れが海中で見られる魚群または「蛇」のようにうねうねと動き、そこに喜怒哀楽の波が重なって発生し、混沌としている状況を思い浮かべることができます。
人々の欲望は「蛇」に喩えられますが、実際に蛇のように動いているのです。


その蛇は「恐怖の門(ゲート)」を通過して、人々のエネルギーを日常的に
「喰って」います。


ヴリトラは
障害・遮蔽物・囲うもの・天地を覆い隠すもの、と呼称されるように
天の理、地の理を実際に見えなくさせることができ、現代では特に暴威を振るっています。


・サイコティック(精神病者)に惑わされないでください。
東海道新幹線殺傷事件や、相模原殺傷事件を起こしたような者が何を言おうと、天地の理に洩れなどありません。
(フィオラがこのような事件の犯人のことを取り上げるのは初めてだった。私の想念と区別するためにサイコパスという言葉を使わず、サイコティックと発音した)


・ヨブ記の時代が来ます。(最重要)
神の裁きと苦難の時代が来ます。ヨブ記を読んでください。繰り返します。
ヨブ記を
「無視しないでください」


サタン(悪魔の王)が登場し、信仰を試される時が来ます。
ヨブ記を無視するなら、「黒くなるでしょう」(黒いという漢字はわかったが、ここの詳細はわからなかった。
ヨブ記を無視すること=黒ナントカ と言っていた)


・ディープステートが関わります。
(これは私に関連知識があるので、純粋にフィオラの発言として見ていいか迷っている)


・数々の汚名があっても構いません。覚悟とともにそれらを一つ残さずくるみ、再生の炎で一緒に焼いてください。


・直線的にではなく、敵は曲がりながら”侵入”してきます。
搦め手で侵入してくることを覚えておいてください。


以上、発言禁止は一切なかったのでそのまま残すことにした。n192356



司馬遼太郎が作家になる原点となったのは、学徒出陣で召集された戦争体験。当時22歳だった司馬は「なぜこんな馬鹿な戦争をする国に生まれたのだろう。昔の日本はもっとましだったに違いない」と考え、日本の歴史に目を向け始めます。32歳で作家デビューした司馬は、後に「22歳の自分へ手紙を書き送るようにして小説を書いた」と述懐しています。時あたかも日本が高度経済成長に邁進していた時期。司馬は見失われそうになっていた「日本人の精神性」や「風土の豊かさ」を歴史の中から掘り起こし、作品に書きとどめることで救い出そうとしたのです。
しかし、司馬作品は単にかつての日本を礼賛しているだけではありません。司馬は類い希なる感性で、歴史資料の端々に潜む人々の声に耳をすませ、日本がある時期誤った方向へ進んでしまった理由もつきつめていきます。司馬作品は、歴史の大きな転換期にあって「日本がどのような方向へ舵を切っていったらよいのか」を考えるための大きなヒントをも私達に与えてくれるのです。


幕末は大村益次郎という傑出したリーダーを生み出した。蘭学にとりつかれやがて村の医師となる村田蔵六、後の大村益次郎は、桂小五郎に見いだされ長州藩の軍事部門を任されて数々の戦果をあげる。その後、時代から魅入られたように官軍の総司令官、そしてついには明治政府の兵部大輔にまでのぼりつめた。磯田さんは、大村益次郎の天才的なリーダーシップの源は、「徹底的な合理主義」と「自分を勘定にいれない客観性」にあるという。技術にも明るく、まるで人体から病を見つけるがごとく合理的に情勢を見つめぬいた眼と、自分を勘定にいれない徹底した客観性。


司馬遼太郎さんの作品から、戦国、幕末、明治、そして司馬さんが異常な時代─―「鬼胎(もしくは異胎)」と呼んだ昭和前期(広義では、日露戦争後の一九〇五年から四五年の終戦までの四十年)、さらには戦後の日本および日本人を見つめ直していきます。


司馬さんの文学というのは──これは漫画家の手塚治虫さんにも通じることかもしれませんが──、読み手の人生をよりよくし、また読んだ人間がつくる社会もよりよくしたい、という、つよい思いがこめられた作品です。


司馬さんにとって、日本国家の失敗というのは、やはり「昭和前期」でした。昭和を題材にした小説はついに描くことはできませんでしたが、もし司馬さんが昭和史の小説を書いたとしたら、何を言いたかったかは、むしろその時代を影絵のように塗り残していることでよく見えてきます。司馬さんが描けなかった、影絵のように塗り残してしまった部分には、二十一世紀を生きる私たちが考えなければいけない問題がたくさん含まれています。 司馬さんは、日本国家が誤りに陥っていくときのパターンを何度も繰り返し示そうとしました。たとえば、集団のなかに一つの空気のような流れができると、いかに合理的な個人の理性があっても押し流されていってしまう体質。あるいは、日本型の組織は役割分担を任せると強みを発揮する一方で、誰も守備範囲が決まっていない、想定外と言われるような事態に対してはレーダー機能が弱いこと。また情報を内部に貯め込み、組織外で共有する、未来に向けて動いていく姿勢をなかなかとれないといった、日本人の弱みの部分をその作品中に描き出しています。


司馬は、明治維新で短期間のうちに国民国家の土台を築いたことは世界にも稀な革命であったと「『明治』という国家」で述べる。これほどの偉業が成し遂げられたのは、欧米列強のアジア進出に「日本人が共有していた危機意識のおかげ」だった。明治は「透きとおった、格調の高い精神でささえられたリアリズム」の時代で、そこに生まれた「明治国家」は、江戸260年の精神遺産だったという。司馬は江戸と明治の2つの時代に、脈々と流れる精神の連続性を見たのだ。


リアリズムといえば、明治は、リアリズムの時代でした。
それも、透きとおった、
格調の高い精神でささえられたリアリズムでした。
 司馬遼太郎
 「『明治』という国家」より


リアリズムというのは「現実主義」のことで、現実に根拠をもたないような「理想主義」と対比してよく使われます。現実を冷徹に見つめた上で、合理的に物事に対処しようとする態度「現実主義」は、ある意味で「合理主義」に通じる言葉です。それに「透きとおった、格調の高い精神でささえられた」という形容詞がつくところがポイントです。


明治に新国家を築いた人たちは、こうした「合理主義」「現実主義」を持ち合わせていました。しかし、それは、目先の利益を追いかけるような合理主義ではありませんでした。磯田さんは、「長州ファイブ」の一人である井上勝を例に挙げます。井上勝は、武士の身分でありながら、油にまみれ、徹底して鉄道の技術を学びぬきます。それは自分が鉄道会社を設立して設けようという気持ちからではありません。日本という国家を近代化して、多くの人を幸せにするには、効率的な輸送機関がなければならない。それならば、自分は武士の身分だけれど、鉄道技師になって国家を支えようと決意し、高い志をもって行動する。これこそが司馬さんのいう「格調の高い精神でささえられたリアリズム」なのです。


「私利私欲だけに目が曇り、本当に必要なものを切り捨てていないか?」
「自分自身の意見を押し通すことにやっきになって、異なる意見をもった他者を切り捨てていないか?」
「公のため、そして、本当に苦しんでいる人たちのために、志をもって何かをなそうとしているのか?」


「この国のかたち」では、日露戦争以降「非連続の時代」が始まったと語られる。理想の国家建設を目指したはずの日本は、日比谷焼き討ち事件に象徴される肥大化し歪んだ大衆エネルギーを背景に、参謀本部が軍の最高指揮権である「統帥権」の独立という魔法の杖を利用することで、とめどない暴走を始める。それは国家が崩壊にいる破滅への道だった。司馬はこの時代を「鬼胎の時代」と名づけ、その正体を見定めるべく史料と執拗な対話を続ける。それは司馬が最後まで小説では描きえなかった最大の難問だった。



かぜに抗生物質や抗認知症薬他、日本は世界的に時代遅れの面
NEWSポストセブン 2019/12/18 16:00


超高齢化社会をむかえる日本では、健康志向が高まっている。病原菌はマスクで完全防御。家に帰ったらうがいをして、歯磨きは厳選したお気に入りの歯磨き剤でしっかり行う。サプリメントを欠かさずのみ、水素水のペットボトルを持ち歩く…。しかし、これらの行為、すべて自己満足の「気休め」だったとしたら…?


医師が処方する薬や、ほどこす治療にも最新の知見や世界の常識に照らし合わせるとほとんど意味がないものも存在する。


◆抗認知症薬


高齢化とともに罹患者が増える認知症。65才以上の5.1%、85才以上の17%に認知症治療薬が処方されているが、実はほとんどの場合、効果は期待できない。実際、フランスでは2018年6月に「効果不充分」という理由で保険適用外となっている。


◆かぜに抗生物質


かぜをひいた時に処方される抗生物質も、世界の医療では時代遅れになっている。


医療経済ジャーナリストで『絶対に受けたくない無駄な医療』などの著書がある室井一辰さんが解説する。


「かぜはウイルス感染によって起きるもので、細菌を殺す抗生物質を投与しても意味がない。それどころか、耐性菌の出現の危険もある。日本だけの傾向で“とりあえず薬を出す”医療の典型です」


◆降圧剤


70代以上になると女性の方が男性よりも多く服用している高血圧の薬も多くの場合「気休め」であるという。薬学博士の生田哲さんはこう言う。


「200mmHg以上と非常に血圧が高い状態であれば死亡リスクの低下につながりますが、中程度の高血圧ならば死亡率は変わらないのにもかかわらず、血圧の数値だけを見て処方されているのです」


◆抗コレステロール薬


60才以上の女性の4人に1人以上がのむという抗コレステロール薬でも同様の構造がある。


「コレステロール値を下げるためにスタチンという薬がよく使われますが、さまざまな調査によって死亡率の低下につながるといえないことが明らかになっているうえ、横紋筋融解症などといった、重い副作用が起きることもあるのです」(生田さん)


◆腰痛・関節痛治療


多くの人が悩む腰痛や関節痛治療にも“気休め”があった。腰痛には手術や薬などさまざまな治療法があるが、実は腰痛の8割は原因不明だとされる。


「だから手術をしても痛いまま、という場合も少なくない。人工関節も同様で、術後必ずよくなるという保証もない。加えて、変形性膝関節症の治療において、インソールと呼ばれる中敷きを履いて治す方法もあるが、これはアメリカの学会が行った臨床研究によって効果がないことが明らかになっています」(室井さん)


一生懸命、健康対策をしても“気休め”では意味がない。きちんとした情報のもと、選びたい。





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