真の信仰とはまさに神の視点に立った神の信仰でなければならない


ヨブ記の感想でそのようにおっしゃっていた方がいて、強く印象に残った。
一昨日言われた
「地獄すら進軍する」の主語は、「地獄」だと感じていて、
地獄そのものが一つの軍隊のように、こちらに迫ってきていると受け取った。
ヨブ記の時代が来ると、
無視しないでくださいと、
フィオラが精一杯の気持ちで事前にこれを言ってくれているなら、真の信仰について向き合わなければ申し訳ないなとも感じている。n220024



米国防長官、北朝鮮に「勝つ準備できてる」
NNN24 2019/12/21 06:17


アメリカのエスパー国防長官は20日、挑発的な姿勢を強める北朝鮮について、「もし必要なら戦い、勝つ準備はできている」と述べ、けん制した。


エスパー国防長官「必要とあらば今夜戦い、勝つための高い水準の準備があるという自信がある」


エスパー長官は、北朝鮮をけん制したうえで、「政治的解決が最善だ」とも改めて強調。「外交にとどまれることを望んでいる」と述べた。


一方、アメリカの北朝鮮研究機関は、東倉里のミサイル発射基地の最新の衛星写真を公開。エンジン実験台から一度引き離されていた白い覆いが再び実験台に取り付けられるなど、「新たな動きが見られる」としている。


ただ、発射台の周りでは、延焼防止のため発射前に伐採されるはずの植物が手つかずになっていることなどから、「衛星発射の兆候は確認できない」としている。



米国防権限法が成立=宇宙軍創設、在韓米軍縮小を制限
時事通信 2019/12/21 10:41


【ワシントン時事】米国の2020会計年度(19年10月~20年9月)の国防予算の大枠を定めた国防権限法は20日、トランプ大統領が署名し成立した。同法は予算総額を約7380億ドル(約80兆円)と規定している。


同法はトランプ氏が提唱する陸海空軍などに並ぶ宇宙軍創設を承認。急速な宇宙開発で、米国の軍事的優位性を脅かす中国への対抗姿勢を鮮明にした。トランプ氏はワシントン近郊のアンドルーズ空軍基地で行った署名式典で「宇宙は最も新しい戦闘領域だ」と指摘。「宇宙での米国の優位は極めて重要だ」と語り、宇宙軍創設の意義を強調した。


また、在韓米軍を2万8500人以下に削減する場合、米国や同盟国の国益を損ねないことを議会に説明し、日韓両国と事前に協議することを義務付けた。トランプ政権による一方的な在韓米軍縮小を阻止する狙いがある。



「要冷蔵」ハムを常温販売 ネットのフリマサイトで横行 消費者庁「食べないで」


たばこのリスク、加熱式も 受動喫煙抑止へ対策の動き


【令和2年度予算案】アベノミクス“息切れ” 社保改革へ、姿勢問われる



20日にタイから北上した地域、つまりラオス・ミャンマー・雲南省・四川省の周辺で霊的な動きがあるとフィオラに言われていた。雲南省の山桜のニュースか、四川省の地震しか目につくニュースはなかった。おそらく山桜だと思うが、中国国内でなんらかの肯定的な変化の意味なら嬉しい。n


【新華社成都12月18日】中国四川省内江市資中県(北緯29.59度、東経104.82度)で18日午前8時14分(日本時間同9時14分)、マグニチュード(M)5.2の地震が発生した。震源の深さは14キロ。


【12月19日 CNS】中国・雲南省(Yunnan)大理市(Dali)南澗県(Nanjian)で13日、山桜が満開となり、早い春の到来を告げていた。(c)CNS/JCM/AFPBB News



自らの経験に基づいて自分の言葉で書くと述べた「序」と、五巻全体の構成を示すとともに、兵法が剣術だけでなく武士の法すべてに関わり世間のあらゆることに通じると説く「地の巻」。そこで展開された、大将と士卒を大工の棟梁と弟子の関係に喩えて説くリーダー論、組織論は一般社会にも適用できる。物事の「拍子」(リズム、機)を知ることの重要性、道を学ぶ者が知るべき9ヶ条の心得など、他の分野にも通じるような兵法の基本を論じている。


入れる器に従って変化し、一滴にもなり大海ともなる「水」。そのイメージによって「兵法の道」の核となる剣術の基礎を説く「水の巻」。隙のない自然体で、どんな状況下でも、緊張することなく、心を静かにゆるがせ一瞬も滞らせず、状況全体と細部を「観・見」二つの目で偏りなくみる。まさに「水」にならって、身体と心を日常から鍛え上げていく方法を武蔵は克明に記述している。その上で、実戦の戦い方を徹底して分析し、様々な打ち方、攻め方を具体的に指南する。そして、昨日より今日、今日より明日とよりよくなるように工夫して、それを「千日」「万日」と継続していく「鍛錬」こそが重要だと説くのである。


「少年時代、父に反抗して武者修行に出て以来、一度も負けなかったが、勝つためには何でもした」「沢庵和尚によって精神的に成長したが、生涯『浪人』で放浪した。晩年になってようやく熊本で落ち着き、『五輪書』を書いた」といったイメージをお持ちかもしれません。 けれども、これらは「巌流島の決闘」の顚末も含めて、吉川英治が書いた小説『宮本武蔵』による虚像です。


実際に『五輪書』を読んでみれば、小説のような武蔵には、とても書けるはずがない内容であることが分かります。


『五輪書』が圧倒的にすばらしいと感じました。記述がきわめて具体的で明晰で、人間のからだに即しており、まさに武道の「思想」を論じた書だったからです。卓越した論理構成力にも驚かされました。このような、近世以前には類を見ないすぐれた文章を書いた武蔵という人間が、ただの狷介孤高の浪人とはとても考えられません。


武蔵の思想を考える上で重要なのは、むしろ壮年期以降です。譜代大名に「客分」として迎えられ、藩主の息子や家臣に剣術を指導した武蔵は、一方で禅僧や林羅山などの知識人たちと交流を持ち、諸芸を嗜む自由もありました。また養子を採って大名の側に仕えさせましたが、養子は後に藩の家老にまでなります。『五輪書』が剣術の鍛練に止まらず、何事においても人に優れんとする武士の「生き方」まで説くことができたのは、広い視野を持ち、武家社会の中枢も知っていたからだと思います。


「水の巻」は、剣術の技法・鍛練の仕方を解説しています。日常の生活から、心の持ち方や姿勢を常に鍛練していく。また、太刀の構えと太刀遣いの原理を明らかにして稽古法を示しますが、これらをマニュアルのように覚えるのではなく、太刀を振る感覚を自分で研ぎ澄ませていくことこそ大事だと強調しています。さらに、常に実戦でどう戦うかを考えて稽古せよと言っています。


武蔵は、勝つには勝つ道理があるとして、戦う場と敵をよく知って、自分が有利に戦えるように徹底して工夫しています。敵を崩すために、技でも心理戦でも仕掛けて、敵に崩れが見えた瞬間を間髪容れずに勝つ。生涯無敗であったのもなるほどと思われます。


他流剣術の誤りについて考えることで、確かなものを浮かび上がらせています。その上で武蔵は、自らの術理が現実にいついかなる場でも通用するか、絶えず大きなところ─「空」から見ていました。


戦う場の特性を常に自分に有利にもっていく「場の勝ち」、戦いの主導権を握るための「三つの先」、さらに敵が打ち出す前に抑える「枕のおさえ」を説く。


遠い所を近いように見、
近い所を遠いように見ることが
兵法では必要不可欠である。
敵の太刀の位置を知っているが、
少しも敵の太刀を見ないことが、
兵法では大事である。
 (宮本武蔵「五輪書」水の巻より)


この一節は、目先のことに目を奪われるのではなく、物事を俯瞰して状況全体をみることの大事さを訴えているのです。


私たち番組制作スタッフが番組作りで陥りがちなのは、たとえばナレーション原稿を書くときに「このシーンを表現する言い回しはどうしよう」「ここに言葉を当てるなら、どんな形容詞が適切か」などなど、こだわり始めると言葉の一句一句や細部にどんどん注意が集中してしまい、それを直していくことが番組をよくすることだと思い込んでしまうこと。しかし、実際は、そのシーンが番組全体の文脈の中でどんな意味をもつのか、番組の全体の流れの中で、盛り上げていくべきシーンなのか、少し抑え気味にするべきシーンなのか…といったことに常に立ち戻りながら考えていかないと、全くちぐはぐはナレーションができあがってしまうこともあるのです。いわば、常に「観の目」というものを意識していないと、よい番組は作れないわけですね。


元プロ野球選手の松井秀喜さんが「五輪書」を愛読しているという理由も、読み進めていく中で実感しました。「観の目・見の目」でいえば、今の打席でピッチャーが投げるボールをいかに打つかももちろん大事ですが、この打席がゲーム全体でどんな意味をもっているのかを考え、長打を撃つべきなのか、あるいは何が何でも出塁すべき場面なのか、あえて自分が犠牲になって犠打を打ちランナーを進めることを優先すべきか…といったことを俯瞰する視点、「観の目」が、打者としてはとても大事なんですよね。


「五輪書」を、今では必要がなくなった剣術や兵法を指南する書とのみとらえるのはあまりにももったいないことです。一つの道を極めつくそうと生涯努力し続けた宮本武蔵が見つけた道理には、現代に通じる普遍性が宿っているのです。


「空の巻」では、地水火風の四巻で兵法の具体的な心得を学んできた者に、「空(くう)」を示すことによって、より深く無限なものがあることを教える。魚住孝至さんはそれを「自分には未だ知りえない世界があることを自覚し、自らが心のひいきや目の歪みに捕らわれていないか、と思い取って修練を続けていくべきこと」を示す指針だという。


「少もくもりなく、まよひの雲の晴れたる所」



宮本武蔵筆による「枯木鳴鵙図」。一流の絵師を思わせる、緊張感あふれる構図や線は、剣豪・武蔵が描いたからこその迫力があります。魚住先生は、「兵法の利にまかせて諸芸書能の道となせば、万事におゐて我に師匠なし」という「五輪書」の言葉をひいて、剣術で培ってきた気というのを研ぎ澄まして描けば、誰も師匠と仰がなくても、絵画といった全く別の領域でもここまで優れた絵が描けるという実例だとおっしゃっていました。 そして、武蔵はたまたま武士として生まれたから「武士の道」を中心に書いていますが、実は武蔵が追求した真理というのはすべての道に通じるものなのだ、ということ強調されていました。そのことを、「いづれも人間におゐて、我が道我が道をよくみがく事、肝要也」と武蔵は表現しています。


実演で教えていただいたのは「太刀の道」と「間合い」です。
太刀を振るのには、その都度の構えから最も振りやすい方向と道筋があり、ちょうどよい速さ、ちょうどよい強さがあり、途切れることなくつながっていく動きの流れがあります。そのような動きで、敵を最も無理なく自然に切ることができる太刀筋が「太刀の道」なのです。これはマニュアルなどで示せるものではなく、それぞれの人が自分の感覚を研ぎ澄ませながら、刀を実際に振ったときの感覚でつかむ以外にはありません。番組でもご紹介しましたが、「有構無構」(構えあって構え無し)と述べてマニュアル的な思考を否定した武蔵の教えの真骨頂ともいうべきところです。
もうひとつの「間合い」は、二人一組の形稽古で学んでいきます。その際、相手の打ち方に応じて、上下・左右・前後に動いて、かわして打つという三次元の空間的なものに、時間というもうひとつの軸を加えた四次元的な「間合い」が問題になります。実際の稽古の中では、打ってくる方向やタイミングはどんどん変わっていきます。そうした中では、自分がどれだけ相手との関係をとらえられているか、どれだけ動けるのかを検証しながら上達していくしかないのです。これもあくまで、理論やマニュアルではなく実践の中で学ばなければ意味がないという武蔵の鋭い洞察がかいまみられるところです。


武蔵は徹底した実践の人であり、理論やマニュアルを否定するわけではないものの、それだけに縛られることを戒める洞察が「五輪書」のいたるところにこめられていること。そして、それが単に剣術、兵法といった特殊な領域だけにととまらず、あらゆる領域に通じる洞察であること。



14:00~14:53
それはあらゆるものの全てでした
生命が知るべき愛そのもので
それを表現するすべがありません


フィオラが定期的に見るように勧めてくる動画の一つ。
14分からの神の愛について語る部分は貴重で、地上においてこれを語る者に出会う機会は稀だ。n



(ヨブ記 印象的だった感想の一部)


真の信仰とはまさに神の視点に立った神の信仰でなければならないということだ


個人的には、神を人間の尺度で測ることの愚かしさを説いているものと解釈した。


内容:★サタン 敬虔なヨブの信仰心を試そうぜ!→★神ヤハウェ イイね!→★ヨブ 災難にあう→★友人達 ヨブを慰めつつdisる「神から罰がくだったんだからなんか悪いことしたんじゃね?」→★ヨブ「違うもん。本当に覚えないもん。不当だもん」→★友人達「神様のしたことを不当って言ったよこの不届者」→係争中→★ヨブ 神様に直接聞こう「神様〜?」→★ヤハウェ 友人達を叱責「ヨブは悪いことはしていない」&ヨブ「ていうかお前何様? 天地創造の時お前何もしてないだろ」→★ヨブ「はっ…すいません」なんかヨブが改心→財産増える


ヨブは神を信仰していたが、神はその信仰が本物かどうか試すために悪魔も使ってヨブを不幸にする。「神を信仰していたのに不条理に見舞われると呪うのは、無意識に神の信仰への驕りがあったためだ」と結論付けられている


因果応報の信仰では結局現世の幸福のための信仰しか出来ない部分があって、そういう側面を破る意味でもヨブ記は旧約聖書のなかで重要なんだろうな。


驚くべきはヨブの受難にあって以後の神(超越性)へのあらゆるニヒリズムが、さらにそのニヒリズムへの反論がすでに先取りされているということだろう。


圧倒されるほどの、神様絶対主義。身近な人たちへの配慮よりも、神への祈りが最優先される様は、異様です。けれども、神の意志がはっきりと示され、盲目的に信じることで、結果、救われるという強い物語性にシビレてしまいました。結論の整合性はともかくとして、この強い説得力をもった物語は、偉大ですが、危険だとも感じました。


ヨブは最後まで神を裏切っていないし、信仰を捨てたわけでもない。神の愛への疑いではなく、神の愛を信じるが故の疑問が問題とされているように思う。


神智と人間の知性との絶対的断絶が大きすぎることはフッサールが教えてくれた。


友はヨブの悪を主張する。とりわけエリパズは、「問う」ことそのものを彼の義の反証とする。エリフは、人間と神智の絶対的な断絶を説き、だからこそ神の声を本当に「聞くこと」を勧める。


自己の幸福のためでなく、「神のために神を信じる」。








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Fiora & nobody