ヨブ記はおそらく


心構えではなく、実用を説いている。
旧型のラジオを思い浮かべると

金庫の「正解」をじりじりとチューニング(同調)するように
正解は向こうから「来る」し、同時にこちらから「行く」ものだ。
ぽかーんと待つものでもなければ、一方的にダッシュするものでもない。
同調するのは「客体」でもあり、「主体」でもある。
投げかけたものは受けとっていて、受けとったものは投げかけている。
これからどんな時代が来ようとも、
この同調に見られるような「円環の構造」は変わらない。
ほぼ誰しもが同じところをぐるぐると回っている個人的な円の中にいるのではないか。
では「主役」はどこにいるのだろうか?
言葉どおり、「どこにいるのか?」
もしかしてわたしたちはただの”チューニング”なのか?n240212


【米】一字の教えの後に現れる人類を救済する【白十字】とは?
2019.12.24 Tuesday - 00:02 - by ○○公園


私は子供の頃、旧約聖書の神と称する声から、【私は今の世の幕を降ろして、人類を永遠の嬉し嬉しの世(みろくの世とか神の御国と呼ばれる)に渡す。】と告げられました。次に【私はその為にそなたをこの世に遣わした。この国(日本)は私の教えが満ちあふれた世界で唯一つの国である。そなたは一人だけには私の仕組を見せるので、そなたはそれを人々に告げなさい。】との命令を受けたしだいです。


ただ、その仕組とは【そなたが歩く道は、これまで人類の誰一人としてその道を歩いた者はいない。そなたがその道を歩く最初の者であり。そなたの後にそなたと同じ道を歩く者も出ない。そなたが最初で最後の者となる。】と告げられました。私が旧約聖書の神と称する声から受けた任務は、【この日本国だけに仕組まれた教え】の広報と、人類をみろくの世(新地球)に渡すお世話役があります。


一部の霊能者の方達は、私が死ねば「三次元世界から五次元世界」に成ると言われるのも、私がこの世の命を終えれば、みろく世に渡る人達と一緒に私もこの地球を去るからでしょう。それは私も人類がみろくの世に行く為の世話役の一人であり。みろくの世ではモウ「米」の教えは必要が無い教えだからです。


人類の誰も歩いたことが無い道とは、言葉の仕組の道


当時の私は子供でありましたが、子供心にもこの世の幕引きなどの途方も無い内容を信じていたのではありません。しかしその言葉があったからこそ、昭和【五十五】年に私の身に起きた摩訶不思議な霊的な出来事に覚悟を決めて神霊世界に飛び込んだと言えます。時にはあまりの辛さに【自殺】も頭によぎりました。


私にとっては、子供の時に聞かされた旧約聖書の神と称する声が告げた内容が本当なのか?。嘘なのか。それを確かめたかったとも言えます。しかし、それはまさかまさかの連続の道でした。


私が最初の師匠とした方は女性で隣市の稲荷神社の神主で豊受姫のお代。当時伏見稲荷大社講に所属する霊能者としては№1との評価が高かった方です。その豊受姫から貴方の本守護神は【国常立尊】様と告げられて、大本教に降りられたウシトラ金神たる神。本来は能勢の妙見山での修行が好ましかったようですが、神霊界修業を指導を出来る方の関係から伏見稲荷山で霊的修業のお世話になりました。


しかし私は単なる稲荷行者になるではなく、幅広い知識を求めたのです。最初は地元の教団ということもあり。大本教神諭と霊界物語を読みました。そうした時、本屋で手にした一冊の本に朝鮮半島に残されている予言として、最後の審判前。人類救世の為に【米】一字の教えが起きる。その教えに従った者達の上には【天罰】は降りないが、そうでなかった者達の上には【天罰】が降りる。そうした内容の物がありました。天罰を受けるのと受けないでは大違いとなります。


だが、誰が考えても【米】一字で教えなど出来ない


しかも、その予言の後半の部分には【天からの神罰が降りている最中に、天から現れる「白十字」によって【罰】が取れて人類は救われる。】とあるのです。米一字の教えもちんぷんかんぷんなのに、そこに人類を助ける罰を取る【白十字】ともなれば、それ以上にちんぷんかんぷんでした。あまりにも意味が解らないで、その本を買いませんでした。だが、あまりにもちんぷんかんぷんの内容なので、逆に私の頭の中にその言葉を記憶をしてしまったのです。


天帝の天罰の最中、人類の罰は【白十字】に救われる?


私は大本教神諭に触れて、大本教神諭予告の【九つ花に咲く一輪の言霊の経綸】を紐解いて、それは【米】一字の型で説く教えだと解りました。その一輪の言霊とは、お釈迦様の本当の悟りは【悪魔は実体を持たない現れであり、人には良心と呼ばれる神が内在する。】であったことを知る為に【みろく(369)の仕組と五六億七千万の数字】を生み出すものでした。


また、大本教からは【伊豆能売(いづのめ)】神諭等も出されましたが、神直日とか大直日が何を差しているかとなったならば、魂の罪や汚れという事柄に対しての記述であったと解ります。だが、その【魂】とは何ぞや!。それに対することが世界の宗教ではほとんど出ていないとなるのです。記紀神話をいくら読んでも「魂」を理解するのは難しいと言えます。


そこに出て来たのが大本教で、【節分の炒り豆にも花が咲く】で、【鬼と云う(魂)】の存在を説いて来たのです。しかもはっきりと【牛虎(艮)金神】と「牛頭虎パンツ」を示したのです。日本人にならば、牛頭虎パンツで冥府の長官【閻魔大王】たる存在が出て来ます。さらに大本教神諭は、【この世の閻魔大王として現れる】としたのです。


だが、キリスト教神学などでは冥府の長官(閻魔大王)を【サタン(悪魔)】にしていまいました。これでは魂の【輪廻転生】がまったく解らない歪な宗教となってしまったのです。イエス個人崇拝で救われると言う大錯覚です。


私が初めて伏見稲荷山に上がった時、豊受姫のお代であった師匠を通じて豊受姫は、【貴方は言葉の神と呼ばれる貴き御方。貴方の言葉による教えは天帝の「詔(みことのり)」と同じであり、貴方の言葉の教えに従えない神は如何なる神であっても天帝に反逆する者として天帝から処罰される。】と告げられます。


しかし、いくら何でもこの私が「言葉の神」と呼ばれる様な貴き者であろうはずなどありませんが、その言葉を聞いてある予言を思い出したのです。【ユダヤ人で無い異国の人が異国の言葉をもって主を語る。その異国の人はその国では「言葉の君」と呼ばれている。言葉の君は自分は主を知らないと言うが、万軍の主は言葉の君のことを知っていて、全ての裁きを終えた後、万軍の主はその言葉の君を万軍の主の元に召しい出す。その時をもってユダヤ人は救われるという物を思い出して、ヘブライ語でない異国の日本語で万軍の主である主を語ることが出来るであろうかと取り組んでみただけなのです。


最初は不可能と思っていた【米】一字の型は紐解けました。しかし、最も重要と思われる事柄の人類が天より天罰を受けている最中に、そうした天罰を受けている人達を罰から救う【白十字】だけはどうにも答えが解りませんでした。 正直申し上げて、この【白十字】の意味が紐解けたのは、西暦2019年の12月に入ってからです。米教の天から罰を受けない締め切りの終わりと同時に「白十字」の意味が解けたのです。それまでは白十字とは「○十の白衣観音」さんのことかと観音霊場なども巡っていました。


それは実に意外な答えだったのです。だが、これは【米】一字が天罰を受けない教えとあるのに対して、天罰の最中なのです。天罰そのものは受けるが、最終的には救われるなのです。


この意味を私に聞こうとはしないでください。私達日本人はこの意味を知ることは知っているのです。さりとて私に聞いたから言ってどうにもなりません。それは天罰を受けている最中だからです。天罰を受けない者には関係ないことですし、天罰を受ける者に教えても意味がないのです。天罰を受けない者達と天罰を受ける者達との選別(線別)はほぼ終わったからです。だが、天罰を受けても【白十字】で罰が取れてみろく世行きが出るなのです。


私が子供の頃、旧約聖書の神と称する声は【旧約聖書は我が書であるなれども、旧約聖書を読んでも解らない。旧約聖書は暗号書である。そのままに読めば意味を間違えてしまう。私の教えは日本民話や昔話や童歌に入れた。そなたはそうした物を読んで私の教えを知りなさい。】と告げられましたが、そうした中にこの【白十字】の意味は入っていたのです。


私は以前から人類は霊的な線で【二線】に別れると説いて来ました。この線は人の目にも霊的目線でも見えません。おそらく世に出ている神々にも見えないでしょう。しかし一部の精神世界に関わるブロガーさんは、この線の存在を語っておられました。一部の方だけに二線に別ける霊線の存在が告げられているなのです。


私もそこから先の図はこれまで示しておりませんでした。それは【白十字】の意味がどうしても解らなかったからです。「白十字」の意味が解って、大本教の出口王仁三郎聖師の演技には少しその型があったのですが、私もそこは何故という疑問はあっても今日迄通り過ぎていました。出口王仁三郎聖師の演技を疑問視はしていても、まさかの仕組だったと言えます。



最後の審判と呼ばれているものは一部の霊能者の方も語っておられるように【各自の良心神の点数】で判定されますので、別にどの宗教を信じていたとか誰を拝んでいたかは関係がありません。


ただ、言えることは一部のスピリチュアルの【何をしても神の愛で赦されます】の教えを信じていた者は痛い目に遭うなのです。天罰のことを理解していなかったからです。


巷には自分が【救世主】ですと呼称しておられる方達はありますが、天罰が降りている最中に現れる救済の【白十字】とはそうした自称救世主を名乗る人達のことではありませんでした。そうした自称救世主達も全て「良心神」の点数判定は受けるのです。そうした自称救世主すら天罰を受けかねないのです。


白十字とは【馬小屋】の意で、人々の魂を救済する


しかし、問題はどの段階で天罰を受けている人達を助けるのか?。があります。人の魂が輪廻転生して来たのは、各自の魂の【カルマ】が要因であり。カルマが無い魂はそもそもこの世には降りて来ないがあります。お釈迦様は自分のカルマが取れたことから、二度とこの世には出ないと言われたのでしょう。自分の前世は【釈尊】だったと言えば、これは完全なニセ者なのです。そうしたカルマの存在を知らないと【良心神】は出せないのです。


各自の魂が受ける天罰とは【目には目を、歯には歯を。】で、自分が過去世で積んで来た罪以上の天罰は創造神であっても課すことは出来ないのです。


全ての魂が如何に天罰を受けようとも、各自の魂の「心棒」である杭を改める悔い改めの【改心】に向かうかとなった時、蛇霊達は魂が消滅しても絶対に悔い改めないと言っていることからしても容易ではありません。そこには、絶対に悔い改めないと宣言している者達を、天罰で改心が出来るかという問題があるのです。 そうなれば今の地球霊界に留まるとなります。


スピリチュアルでも一部の方達は【中有界】消滅を説いておられますが、中有界そのものは天国(みろく世)行きと地獄界行きが定まっていない世界の意味でしかありません。地獄界は四次元界になりますので、この地球に残るのです。


早くから一部の霊能者の方達は世の立替とは、【魂の汚れの借銭払い】とを説いて来てはおられましたが、スピリチュアルと標榜する人達が【何をしても神の愛で赦されるのです。】と説きまくるので、余計に世の中を汚すことになってしまったと言えます。


一部の霊能者やスピリチュアルの方達も言っていることですが、この地球はさほど持ちません。それは別に地球温暖化だけではありません。そうした予言されて来た内容とは下記のような事柄です。


ポールシフト(地軸の変動)


地球そのものの動力停止(時間の停止)


大地震等による大地の沈没、火山の噴火


月の表面の崩れによる隕石の火の雨


無論。こうした予言に【絶対性】があるとは断言は出来ません。しかし、どうしてこうしたことが予言されて来たかは霊界に有る映像からです。霊界にそうした映像がある以上、起きうる可能性があるのです。仮にそうした出来事が起こるとしても、創造神は人類を救済する為の【立替】に入られるなのです。


だが、そうした内容も本当に創造神が存在するのか?


その為には、言葉の仕組でその存在を知らしめる


私は今日まで【言葉の仕組】を説いて来ました。そうした言葉で仕組むのは伊勢神宮の天照大御神とか出雲の大国主命様の段階では無理だと言って来たのです。そんな段階では無い神が存在しておられるなのです。豊受姫はそれを【天帝】と告げられましたが、天帝など居ないと言っている様な霊等は非常に低い霊なのです。


私が旧約聖書の神と称する神から受けた命令は、【人類を永遠の嬉し嬉しの世に渡す。】であって、今の世は幕を引きますが、新しい地球に人類の魂を渡す為に神司(翼を持たない天使)達と一緒に働くなのです。


ようやく天から神罰を受けている最中に現れる人類救済の【白十字】の意味が解りましたので、これからはそれに付帯する内容が私にも出て来るかと思います。


ただ、【白十字】は今日や明日に現れるのではなく、その意味からするとかなり先になります。私はその日迄この世に生きているかどうかが解りません。さすがにその日までブログを書き続けるのは、老いた私には難しいがあります。疲れたです。私もそんな先のことだとは思ってもいなかったからです。


無論、私が説いていることなど何一つ【信用】していただかなくて結構です。世の大立替やみろく神は大本教が言い出しで、西暦1892(いち早くに)年からでしたが、あまりにも宣伝ばかりで何も起きなかったことから【信用】を失ってしまいました。その当時の大本教信徒の霊は高い霊世界に行ったと言われていますが、艮金神国常立尊様を信用したからこそです。


世の立替宣伝をした大本教の出口王仁三郎聖師は、信徒から何時立替なのかと迫られて、そんなに簡単な話じゃ無い。何時起きるか言えないと答えられたがありますが、大宣伝者でもそうだったのです。艮金神国常立尊(旧約聖書の神)が何を考え、何をされるのか?。そんなことは人間の身で解ろうはずもないのです。


私は【神芝居】の中の一者であり、私が子供の頃に臨んでいた旧約聖書の神と称する声は、【神の舞台に立つ役者は舞台の筋書きを知らずに神の舞台を演じなければならない。全ての筋書きはこの私だけが知っているであり。世に出ている神や人民が知ることではない。】と告げられているからです。世に出ておられる神々が沈黙しているのも、創造神の筋書きを知らないがあるのです。


みろくの世とは、これまで【五六七】の世と宣伝されて来た様に、五次元、六次元、七次元と言う【高次元界】にと渡りますので、別にその次元に【次元枠】はありませんので、次元を決める最後の判定の日まで高い次元界を目指す努力は必要です。それは今生のことでは無くて【永遠】になるからです。自分は別に【五次元界】でもいいであれば、それはそれでいいわけです。自分がどこの次元を目指すかは自分なので。ただ、魂の【輪廻転生】が終わるので、高い霊世界を目指した方がいいだけのことです。


大本教から出られた【ウシトラ金神・国常立尊】が何を恐れておられたかは、大本教神諭にあります。【そんなことならば、どうしてもっと早くから教えなかったのか!。】の神々の怨嗟の声と言えます。大本教開教は西暦1892(いち早くに)年なのですが、多くの方がその立替宣伝に携われて来ました。私は立替があるなど知りませんでしたは霊的世界では通用しないのです。


だが、狸神がウロチョロしました。悪気ではないのでしょうが、それでは【田から実る宝(米)】を【宝のタ抜きで殻にする。】にしてしまいました。霊が見えるとか会話出来るだけでは、そんな霊は神の仕組の詳しいことを知りません。それでは【神の宝】が無いスピリチュアルなのです。


これから先、最後の審判までかなりの日時がありますが、悪の犯罪者のみならず。【自己本位】【自分勝手】【礼儀知らず】な行動の者達の上には天の神罰が下るでしょう。それはその人が積んだ行為の何倍も何十倍もの神罰です。一方、米教で自己の魂の内在神を知り、世の為の助けの行動をした方は、最後の審判において大難が中難や小難。時には無難となって行くでしょう。


大本教神諭予告。神が表に現れて善と悪とに立て別けるの艮金神【国常立尊】とは、【閻魔大王】でもあるからです。モウ好き勝手なことをすればするほど自分の魂が墜ちるとなります。



あなたは彼を許せますか?
いいえ。




日中首脳が会談、習近平主席の国賓訪日を確認 20年春
毎日新聞
2019/12/23 21:34


安倍晋三首相は23日、訪問先の北京で中国の習近平国家主席と約40分間会談した。両首脳は日中関係改善の流れが続いていることを前向きに評価するとともに、来年春に予定されている習氏の国賓訪日に向けて環境整備を進めることで一致した。


会談は人民大会堂で行われ、習氏は冒頭で「緊密な意思疎通を保って政治的なけん引力を強化し、中日関係を新しい段階に押し上げ、両国国民にさらに福祉をもたらしたい」と語った。首相は習氏の国賓訪日を「重視している」と伝え、「日中関係を次なる高みに引き上げ、地域の平和、安定、繁栄に対しともに大きな責任を有する日中両国がしっかりその責任を果たしていく決意を明確に内外に示したい」と応じた。


首相と習氏の会談は、今年6月に大阪で開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)の際に開かれて以来。首相は昨年10月にも中国を訪問しており、「首脳間含めハイレベルの往来が着実に実施されていることを高く評価している」と伝えた。来春の習氏の訪日に続く首脳間の対話を継続することで、「日中新時代」にふさわしい2国間関係を築く考えを示した。


両首脳は経済分野での協力や人的交流を進めることで一致。首相は日本産食品の輸入規制の早期撤廃、コメの輸入拡大、牛肉輸入再開を求めた。


首相、香港情勢を「大変憂慮」


また、中国で相次いだ邦人拘束に対し、中国側の速やかな対応を求めた。香港情勢について「大変憂慮している」と早期の事態収拾を要請し、新疆ウイグル自治区の人権問題も透明性を求めた。習氏の国賓訪日を巡っては、自民党内で見送りを求める声もあることから、日本側の問題意識を中国側に直接伝えることで国賓訪日の環境整備を図る考えだ。


北朝鮮問題を巡っては、首相は非核化や拉致問題解決に向けた支持を求めたが、習氏は対北朝鮮制裁緩和に関する中露両国が提案した国連安全保障理事会決議案を支持するよう求めたという。


首相は会談後、習氏主催の夕食会に出席し、同日夜には政府専用機で北京を出発。24日は四川省・成都で日中韓首脳会談や韓国の文在寅(ムンジェイン)大統領との会談に臨む。【北京・青木純】



もしかして24日の四川省・成都の日中韓サミットのことだろうか。
雲南省の山桜ではなくて。結果で異常値が出るかどうか見るしかない。n



「生きよ堕ちよ」というセンセーショナルなメッセージを掲げ、敗戦直後、未曾有の国土荒廃と価値観の崩壊に直面していた日本人たちに強烈な衝撃を与えた一冊の本があります。「堕落論」。太宰治と並び「無頼派」と呼ばれた戦後文学の旗手、坂口安吾(1906-1955)が書いたエッセイです。


安吾は、闇屋になった元特攻隊員や新しい恋人を得た寡婦などを例に挙げ、彼らが「堕落した」と映るのは、「硬直した道徳規範」を通してみるからであり、実際には、敗戦によっておしきせの道徳規範が崩壊した結果、人間性が解放され、人間が本来もっていた「地」が現れてきただけだ、と喝破します。むしろ、私たちをがんじがらめにしてきた古い価値観をはぎとるためには、一度、徹底して堕ちきることが必要だと説くのです。「堕落」こそが人間本来の在り方であり、人間がその本来の生命力のままに生きていくための原点であると訴える安吾。その思想を象徴するのが「戦争に負けたから堕ちるのではないのです。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」という言葉です。


敗戦直後、未曾有の国土荒廃と価値観の崩壊にさらされていた日本人は、生きるよすがを求めてさまよっていた。そこに彗星のように現れたのが「堕落論」だ。それまで日本人を縛ってきた価値観の一切を否定し、そこから解放されるべきことを説いて、坂口安吾は一躍時代の寵児となった。なぜ「堕落論」はここまで人々の心を魅了したのだろうか? 安吾は、それまでマイナスのイメージで使われてきた「堕落」という言葉をプラスに転化し、なりふりかまわず生き抜こうとする生のエネルギーを人間の本来の在り方として肯定してみせる。


「堕落のもつ性格の一つには孤独という偉大なる人間の実相が厳として存している」。堕落は決して生やさしい道ではない。それは徹底して孤独で血みどろの生き方なのだ。この立場に立つならば、社会制度の改革や政治によって、人間同士の対立や人類の不幸を解決できるという楽観論は全て退けられる。政治や社会制度によって人間は救われない。人間の生活は、個の対立の中にしか存在しない。そんな人間の実相を見つめぬくものこそ「文学」であり、そこを見つめなければ人間の再生はありえない、と安吾は訴える。


時には原点に還ることが必要だと述べています。世の中の規範、道徳、常識といった前提条件をいったんすべて外し、いわば素っ裸の人間になって現実に直面してみろというのです。安吾が放つ、固定化された前提を突破していくエネルギー、常識的な生き方や硬直した文化観をひっくりかえしてくれるエネルギーは、常識的な人間にとって目から鱗が落ちるように刺激的なものです。特に、人生の転機に立った人、いままでの自分のやり方ではこれ以上進めないと感じている人にとっては、大変〝効く〟評論であるとも思います。


日本伝統文化の擁護者として金科玉条のように持ち出されるブルーノ・タウトの日本文化論を徹底的に批判する。タウトが伝統美の象徴として持ち出す桂離宮などは私たちの生活から遊離したものであり観念の遊戯にすぎない。今現在を生きるために欠かせない実用的なものこそ第一であり、その中にこそ真の美は生まれる、と安吾は説く。何の権威にも頼らない、暮らしに根ざした文化や美の復権を訴えるのだ。


人間は、ほおっておくと、既存の価値観に身をゆだねてしまい、思考停止して自らを何ものかにゆだねてしまう。そんな人間の弱さを見つめぬいた安吾は、その状況を「からくりにからめとられている」と痛烈に批判したのです。その「からくり」から解放されるためにこそ、「堕落」という言葉の新たな使い方を安吾は編み出したのだと思います。


人間は「美しいもの」にどうしようもなく惹かれます。桜の花びらが春風に乱れるように美しく舞っている桜並木や、どこまで広がる青く澄み切った海原……こうした美しさに誰もが心を奪われます。それは自然だけではありません。人間がつくり出した絵画や文学、あるいは思想にすら、同じような感覚を覚えてしまいます。もうこれは、人間の本性上、しょうがないことで否定すべくもありません。
しかし、恐ろしいのは、その「美しいもの」に出会ったとき、人間はそれに圧倒されて思考停止してしまうこと。これも人間の性です。坂口安吾は、この事実を誰よりも厳しく見つめぬきました。


古来、為政者たちは、こうした「美にとりつかれてしまう人間の性向」を巧妙に計算し、さまざまな制度やしくみを作り出し、人々を支配しようとしてきました。安吾はそれを「からくり」と喝破し、そこにとりこまれない生き方として「堕落」という言葉を力強く発したのだと思います。
現代という時代も「からくり」に満ち溢れています。人は、その「からくり」が発する心地よい「美しさ」にたやすくくすぐられ、思考停止に陥りがちです。私たちは、「美しさ」に惹かれる本性はきちんと認めながらも、そこで思考停止しないこと、それが「からくりに仕掛けられた罠」であるかどうかを見抜くことが大事です。








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