通知表のように
・たいへんよくできました(☆☆☆)
・よくできました(☆☆)
・がんばりましょう(☆)
3段階評価があるとする。


いまの人類が
・方向性は、うん、まあ、合格、だいたいそれでいいでしょう(☆☆☆)
・方向性は、五分五分で絶滅します、いますぐ改善しましょう(☆☆)
・方向性は、助かる可能性がもう少ないです、猛省しましょう(☆)
どれに当たるかによって、これから描く地図は変わる。
これも一人一人が自分で判断しなければならない。
勘違いしてはいけないのは、自分の判断が現実とズレていた場合、
吹っ飛ばされるほど被害を受けるのは自分だということ。現実のほうが手加減してくれることはない。


もっている情報に上中下とランクが分かれるとしたら、
上は現実とのズレが少ないということだ。現実とは「見える現実」だけとは限らない。
「見えない現実」ともズレが少ない。


あらゆる情報の発信者には「動機」がある。
動機と結果。この二つを見れば、何を目的として動き回っている情報なのか類推することはできる。


年初のNHK特番で、ある科学者は
「地球が不安定さを迎える直前であることは科学的に明らかだ」と言っていた。


相手は地球で、恐竜より恐い。
さらに人類は内戦をいくつも抱えている。


この舞台で、望まれるあり方は何か、自分は何を選びとるのか、全員問われている。


わたしたちが観ている「景色」というのは
自分で投げかけた視線と、向こうからの風景の受信とのちょうど中間に発生している。
投げ方が歪んでいると風景はその歪みをまるまる映すのだ。
下にとりあげたジェイン・オースティンの偏見や認知の「歪み」を少なくするためには、
この中間地点の融合に気を遣わなければならないのだと思う。
魚眼レンズで物を見るのに四苦八苦するかのごとく調整を続けなければならない。n040046







台湾軍ヘリが不時着に失敗 軍トップ参謀総長ら8人死亡
2020年1月3日(金)07時32分
台湾国防部の発表によると、13人が乗った軍用ヘリコプター「ブラックホーク」が2日、台北市に近い山間部に不時着に失敗、8人が死亡した。
生存者は5人。死亡者には軍の事実上トップである沈一鳴・参謀総長も含まれている。
ヘリは宜蘭県の軍事施設に向けて台北市の飛行場を飛び立った後、行方が分からなくなり、捜索したところ山間部で翼がバラバラになった状態で発見された。



抗生物質の6割、効果ない風邪などに処方 自治医大調査
朝日新聞社
2020/01/03 20:49


国内の外来診療で出された抗菌薬(抗生物質)の6割近くが、効果がない風邪などウイルス性の感染症への不必要な処方だったことが、自治医科大などの研究チームの調査でわかった。75%は専門医らが推奨していない薬だった。抗菌薬の不適切な使い方は薬剤耐性菌が生じる原因になるため、研究チームは適正な使い方を呼びかけている。


チームは全国の診療、処方明細書(レセプト)などのデータをもとに2012~14年度に外来診療で処方された抗菌薬と対象の病気などを調査。年平均約8957万件処方されていた。人口1千人あたり704件処方されており、米国の1・4倍だった。


抗菌薬が必要とされる疾患に処方されたのは全体の8%にとどまった。処方された56%は風邪や急性気管支炎など通常はウイルスが原因の病気だった。抗菌薬は細菌感染の治療薬でウイルス性の感染症には効果がない。また急性咽頭(いんとう)炎(扁桃(へんとう)炎)や急性副鼻腔(ふくびくう)炎などへの処方が36%あったが、細菌が原因のケースは1~2割のため、効果がないウイルス性にも多く処方されていたとみられる。


処方された抗菌薬の86%は様々な種類の細菌に効く「広域抗菌薬」と呼ばれるタイプ。耐性菌が発生、増殖しやすいため、欧州ではまれにしか使われない。専門医らによる指針で推奨するタイプが選ばれている割合は25%にとどまった。


(今後は目にする”不自然さ”を一つ一つ疑ってみる必要があるのかもしれないと思ったn)



「永続的かつ普遍的な魅力があり、英文学の最も偉大な作家の1人と認められる」と絶賛され、2017年から英国の新10ポンド札に肖像が印刷されると発表された、作家ジェイン・オースティン(1775 – 1817)。彼女の最高傑作とされる「高慢と偏見」は、人気映画「ブリジット・ジョーンズの日記」の元ネタになるなど今も世界中の人に愛されている小説です。「虚栄心」「偏見」といった人間が陥りがちな落とし穴がいかに人生を左右してしまうのかを、克明な人物描写、心理描写を通して見事に描き出したこの作品から、現代人にも通じるさまざまな問題を読み解いていきます。


厳しいイギリスの階層社会の中で、男子がいないベネット家では、娘たちがうまく結婚相手をみつけなければ、財産を受け継ぐことができません。一刻も早く婿を探そうとする母は、娘エリザベスに卑屈で尊大な牧師と結婚させようとしますが、知的で才気にあふれたエリザベスには到底受け容れがたいのです。そんな中、彼女は、二人の魅力的な男性に出会います。そのうちの一人ダーシーは、紳士然としながらも態度が鼻持ちならりません。もう一人のウィッカムに事実と異なる偏見を吹き込まれ、ますます心が離れていくエリザベス。しかし、二人は、偶然ともいえる幾度かの再会の中で、いつしか惹かれあっていきます。ところが、積み重ねられた「偏見」や自らを守る「プライド」から、どうしても素直になれず、誤解と拒絶を繰り返します。物語は、エリザベスとダーシーの恋愛が、障害を乗り越えて成就するかどうかを巡って展開していきます。


人間は誰しも、生まれ育ちや家族関係によって形成される気質から逃れることはできない。オースティンは巧みな設定によって登場人物たちの気質や性格を見事に浮かび上がらせる。自己肯定感に溢れた姉や妹に対して、主人公エリザベスはどこか屈折し、強い「成り上がり意識」をもっている。これには、母からの愛情不足と知性を無駄遣いすることしかできない父への失望が大きく影響している。認知療法理論では、こうして形成される性格の基盤を形成する枠組を「スキーマ」と呼ぶ。そのスキーマと現実のずれから、登場人物たちの行動を分析できると廣野教授は指摘する。


エリザベスの前には、三人の結婚相手の候補があらわれる。彼らへのエリザベスの対応を詳細にみていくと、人間の認識がいかにしてゆがめられていくかを知ることができる。幸運のみによって成り上がり尊大になった牧師コリンズ、機知によって地位を獲得した狡猾なウィッカム、生まれながらの風格をもつ大富豪ダーシー。それぞれの存在と言動がエリザベスの「スキーマ」を刺激し、彼女の中に偏見が形成されていく。反面教師として人間はどうしたら偏見から自由になれるかも知ることができる。


ジェイン・オースティンは、母国イギリスで最も親しまれている作家のひとりです。イギリスの中央銀行であるイングランド銀行の発表によると、今年九月に発行予定の新十ポンド紙幣には、オースティンの没後二百年を記念して、彼女の肖像画が使用されるとのこと。かつて日本の千円札に夏目漱石の肖像が、そして現在の五千円札に樋口一葉の肖像が使われているように、イギリス人にとってオースティンは、まさに国民的作家と言える存在なのです。


オースティンが国民的作家と呼ばれる所以は、彼女の小説が、いわゆるイギリス的特質が顕著な文学であるからでしょう。では、「イギリス的特質」とは何でしょうか。それは、人間の性格の特徴や、日常における人間関係の洞察に重点を置き、対象から距離を隔てて客観的に、皮肉な笑いをこめて眺めるという風刺の精神があることだと思います。


物語を読み解くうえでキーワードとなるのが、タイトルに掲げられた「高慢(Pride)」と「偏見(Prejudice)」です。原題のpride は、邦題では「高慢」「自負」などと訳されていますが、pride という語にはほかにも、誇り、自尊心、満足感、得意な気持ち、自惚れ、思い上がり、などさまざまな意味があります。つまり、「高慢」は原義の一部にすぎず、pride にはプラス・マイナスの両義を含んだ多様な意味が込められているのです。


また、prejudice には、偏見、先入観、毛嫌い、偏愛、えこひいき、など、こちらも幅広い意味があります。道理のとおらない理由で人を嫌うことだけでなく、逆にえこひいきすることも、「偏見」の一種なのです。 さらに言うと、本編にしばしば出てくるvanity もキーワードのひとつです。ある辞書によれば、vanity の意味は“too much pride in yourself”(過剰なプライド)と定義されています。つまり、自惚れ、慢心、虚栄心といった意味です。


この作品では、恋愛のプロセスに沿って、ことに中心人物たちの心理と行動が、実に克明に描かれています。恋愛とは、人生で遭遇する出来事のなかでも、とりわけものの見方が揺れ動いたり、歪んだりしやすい現象です。オースティンは、恋愛と、その結末としての結婚を題材として描くことをとおして、人間のものの見方の歪み─―プライド、偏見、虚栄心など―─を浮かび上がらせていると言えるでしょう。


『高慢と偏見』に登場する人物たちはみなそれぞれ、ものの見方や言動に際立った特徴があり、読者にとって忘れがたい、強烈な印象を残します。オースティンはそうした人物たちをユーモラスに描きつつ、一定の距離を置いて皮肉な目を向けることによって、「人間性とは何か」「人間の弱点とは何か」という、より広いテーマを提示しています。それこそが、この作品の大きな魅力であり、真価であると言えるでしょう。



女主人公エリザベス、大金持ちの紳士ダーシー、そして、彼らを取り巻く家族や友人たちなどさまざまな登場人物たちは、いかに、そしてなぜ、ものの見方が歪んでしまうのか。果たして、彼らはその「歪み」を克服することができるのか。


「虚栄心」と「偏見」にはばまれながらも、惹かれあっていく主人公エリザベスとダーシーの心の動きを追っていくと、その巧妙なメカニズムが浮かび上がってくる。人間は「好意」や「すりより」によって惹かれるだけではない。そんな「媚」にではなく、ときに、溌剌とした自負心や媚ない批判精神に惹かれていくものだ。一筋縄ではいかない恋心の複雑なゆらめき。オースティンはそのドラマを見事にとらえた。


オースティンのねらいは「プライド・アンド・プレジュディス」という原題の意味を念頭に置くとはっきり見えてくる。「プライド」には「高慢」というマイナスの意味と「誇り」というプラスの意味が二重に込められている。「プライド」はあるときは「偏見」を生み出し二人の恋愛をはばんでしまうが、それが「誇り」というプラスの方向に働くとき、人を惹きつける魅力やさまざまな障害をはねのける武器ともなる。オースティンは、主人公二人の行動を通して、この両義性を描き出そうとしたのであり、そこにこそ、人間が「虚栄心」や「偏見」を乗り越えるヒントもあるのだ。


エリザベスが「自らの尊厳、プライド」を武器として、人間として、不当な差別と戦うシーンととらえました。どんな悪い結果を招いてもかまわない(たとえダーシーと結婚できなくても)。私は私なのだ、身分などを理由に人からとやかくいわれる筋合いはない。私は、自分自身の尊厳をどんなことがあっても守り抜くのだ、というエリザベスの内心の声が聞こえたような気がしました。





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