国(くに)には軸が必要


何者にも折られることのない精神的支柱となるもの。たとえ時の権力者がそれをないがしろにする言動を採ったとしても、軸は確かに人々のイデアの中に存在していて、失われてはいない。


中華人民共和国にも朝鮮民主主義人民共和国にも、人々が生き続ける限りある。
それなのに人々が迷うのは、


一時的に軸が「見えなくなるから」だ。
権力者に汚され、破壊され、打ち捨てられてしまったように見えるから、支柱と集中を失う。
言い換えれば、目視できなくなってしまったため、
チューニングを失う。
日本語で言えば、「同調の習慣」を失う。


大変失礼な喩えになるが、
いまの天皇陛下がカメラの回っていないところで子犬を蹴飛ばして憂さ晴らしするような人だったらどう感じるだろう?


国民はきっとその人格を許さないだろう。
国の軸は、一つのDNAと伝統の中にあるのではなく、本質はイデア(理想)と霊性(魂)の中に確固として存在しているものだからだ。
いまの象徴天皇制を国民が許容し、大切にし続けるとしたらそれは、
天皇陛下が「イデアとしての国の軸」に己が身を捧げ続ける場合に限る。イデアへの態度が先で、立憲君主制などの制度問題はあくまでも二次的な話にすぎない。


中華人民共和国には日本のような皇室の象徴はないし、人権を第一に護るべく制定された憲法もない。だが、
イデアの中に、不死鳥のように蘇る軸が必ずある。


愛国者というのは、その(イデアの中の)軸のために立ち上がれる者のことを言うのだ。
決して安易に人を殺すことを是とする者のことを言うのではない。
勝手な国家像と私欲から人々を抑圧する者のことではない。
排外主義と差別主義にまみれた者のことではない。


国家をこえた視点にもこの軸がある。
何人(ナニジン)であろうと、人類が協力しあえるのは、
この軸への忠誠のほうが、形式上のナショナリズムよりも本源に近いからではないか。


実はシンプルに、人がいる。
国はない。法はない。
ただ人がいる。ただ山河があるように。


人はイデアにかしずいて生きるとき、軸を見ることができる。n052346



第二次大戦後まもなく出版された「全体主義の起原」。ナチスドイツやスターリンによってもたらされた前代未聞の政治体制「全体主義」がどのようにして生まれたのかを、歴史をさかのぼって探求する極めて難解な名著です。大統領が進める強権的な政治手法、排外主義的な政策に反発した市民たちがこぞって買い求めたといわれています。この名著を執筆したのは、ハンナ・アーレント(1906-1975)。ナチスによる迫害を逃れてアメリカに亡命したユダヤ系ドイツ人の政治哲学者です。


アーレントによれば、全体主義は、専制や独裁制の変種でもなければ、野蛮への回帰でもありません。二十世紀に初めて姿を現した全く新しい政治体制だといいます。その生成は、国民国家の成立と没落、崩壊の歴史と軌を一にしています。国民国家成立時に、同質性・求心性を高めるために働く異分子排除のメカニズム「反ユダヤ主義」と、絶えざる膨張を求める帝国主義の下で生み出される「人種主義」の二つの潮流が、19世紀後半のヨーロッパで大きく育っていきます。20世紀初頭、国民国家が没落してゆく中、根無し草になっていく大衆たちを、その二つの潮流を母胎にした擬似宗教的な「世界観」を掲げることで動員していくのが「全体主義」であると、アーレントは分析しました。全体主義は、成熟し文明化した西欧社会を外から脅かす「野蛮」などではなく、もともと西欧近代が潜在的に抱えていた矛盾が現れてきただけだというのです。


フランス革命を期にヨーロッパに続々と誕生した「国民国家」。文化的伝統を共有する共同体を基盤にした国民国家は、「共通の敵」を見出し排除することで自らの同質性・求心性を高めていった。敵に選ばれたのは「ユダヤ人」。かつては国家財政を支えていたユダヤ人たちは、その地位の低下とともに同化をはじめるが、国民国家への不平不満が高まると一身に憎悪を集めてしまう。「反ユダヤ主義」と呼ばれるこの思潮は、民衆の支持を獲得する政治的な道具として利用され更に先鋭化していく。


19世紀末のヨーロッパでは原材料と市場を求めて植民地を争奪する「帝国主義」が猛威をふるっていた。西欧人たちは自分たちとは全く異なる現地人と出会うことで、彼らを未開な野蛮人とみなし差別する「人種主義」が生まれる。一方、植民地争奪戦に乗り遅れたドイツやロシアは、自民族の究極的な優位性を唱える「汎民族運動」を展開する中で、中欧・東欧の民族的少数者たちの支配を正当化する「民族的ナショナリズム」を生み出す。


アーレントがドイツの大学で専攻したのは、政治哲学ではなく、純粋な「哲学」でした。マルティン・ハイデガーやカール・ヤスパースなど気鋭の哲学者に師事し、博士論文のタイトルは「アウグスティヌスの愛の概念」。古典文学にも造詣が深く、教授資格を得るための研究論文では十九世紀初頭のサロン文化人にスポットを当てるなど、若い頃はどちらかというと文学寄りの哲学を志向していた印象があります。


ところが二十代半ば頃から、アーレントの主たる関心と思索は「政治」へと向けられるようになります。そのきっかけは、ドイツに台頭したナチスの反ユダヤ主義政策でした。ドイツ系ユダヤ人であるアーレントは、一九三三年にナチスが政権を獲得すると、迫害を逃れるためパリを経由してアメリカに亡命。


ユダヤ人の歴史は迫害の歴史ともいわれますが、西欧の近代社会においては(少なくとも形式的には)平等に扱われ、それは市民社会的な常識として定着している─と、アーレントは考えていました。しかし彼女が前提としたその常識は、ユダヤ人問題に対するナチスの「最終解決」によって完全に打ち砕かれます。戦後になって明るみに出た組織的大量虐殺の実態は、アーレントの想像をはるかに超えるものでした。


全体主義は、いかにして起こり、なぜ誰も止められなかったのか。この茫漠(ぼうばく)とした現象の起原と機序を、「歴史的」考察によって突き止めようと試みたのが『全体主義の起原』です。アーレントは十九世紀初頭にまで遡り、歴史学的史料のみならず、文学や哲学的言説も含めて広く考察することで、その起原が自分たちの足元にあること─西欧の近代の歴史と深く結びついているということを明らかにしました。


『全体主義の起原』と、波紋を呼んだ『エルサレムのアイヒマン』は、現在も全体主義をめぐる考察の重要な源泉となっています。この二作を通じてアーレントが指摘したかったのは、ヒトラーやアイヒマンといった人物たちの特殊性ではなく、むしろ社会のなかで拠りどころを失った「大衆」のメンタリティです。現実世界の不安に耐えられなくなった大衆が「安住できる世界観」を求め、吸い寄せられていく─その過程を、アーレントは全体主義の起原として重視しました。


ただ安穏としているのも困りますが、だからといって不安に感じすぎるのも問題です。極度の不安は、明快で強いイデオロギーを受け入れやすいメンタリティを生む、とアーレントは指摘しています。


自分が置かれている状況の変化をきちんと把握しつつ、「分かりやすい」説明や世界観を安易に求めるのではない姿勢を身につけるには、どうすればよいのか。


第一次世界大戦を期に国民国家は大きく没落。かつて国民国家を支えた階級社会は崩壊し、代わりにどこにも所属しない根無し草のような「大衆」が台頭し始める。そこに登場するのが「世界観政党」だ。この新たな政党は、インフレ、失業といったよるべない状況の中で不安をつのらせる大衆に対して、自らがその一部として安住できる「世界観」を提示することで、一つの運動の中へ組織化していく。「陰謀史観」や「民族の歴史的な使命」といった擬似宗教的な世界観を巧妙に浸透、定着させることで自発的に同調するように仕向けていくのだ。



何百万人単位のユダヤ人を計画的・組織的に虐殺し続けることがどうして可能だったのか? アーレントはその問いに答えを出すために、雑誌「ニューヨーカー」の特派員として「アイヒマン裁判」に赴く。アイヒマンは収容所へのユダヤ人移送計画の責任者。「悪の権化」のような存在と目された彼の姿に接し、アーレントは驚愕した。実際の彼は、与えられた命令を淡々とこなす陳腐な小役人だったのだ。自分の行いの是非について全く考慮しない徹底した「無思想性」。その事実は「誰もがアイヒマンになりうる」という可能性をアーレントにつきつける。


アーレントがつきつけたのは「誰もがアイヒマンになりうる」という恐ろしい事実です。


今回の番組を通して一番感じたことは、「全体主義」といっても、それは、外側にある脅威ではないということです。どこにでもいる平凡な大衆たちが全体主義を支えました。私たちは、複雑極まりない世界にレッテル貼りをして、敵と味方に明確に分割し、自分自身を高揚させるようなわかりやすい「世界観」に、たやすくとりこまれてしまいがちです。そして、アイヒマンのように、何の罪の意識をもつこともなく恐るべき犯罪に手をそめていく可能性を、誰もがもっています。「全体主義の芽」は、私たち一人ひとりの内側に潜んでいるのです。


どんな批判にさらされても、アーレントは、その知的な誠実さを貫きとおしました。彼女は、古くからの友人のほとんどを「エルサレムのアイヒマン」出版を期に失いました。夫に「こうなるとわかっていても書いたのか?」と問われ、「ええ、記事は書いたわ。でも友達は選ぶべきだった」と答えたといいます。


「世界最大の悪は、平凡な人間が行う悪なのです」





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