体が大事か。体ではないが大事か。


初期は体ではないが大事ですよね。
そして体も大事と平等に言えるようになったときに識別の意味が終わります。



より上位の指向性を感じ取り受け入れ手放す。調和。


大きな流れの中で、何者かの意図が見え隠れすることがあります。その意図が善なるものか信じる信じないはありますが、確かなことは「与えられている」ということです。


与えられているからこそ、ここにいます。
そして、何が与えられているかはまだ紐解かれていないため「わかりません」。


いままでに蓄積した(と信じるもの)を握りしめ、与えないように緊張することも可能です。
逆に「何もかも与えている者と同じようにこちらも手放し調和する」ことも可能です。


明日が与えられるかどうかはわかりません。
確かなことは「いま」が与えられていること。


無意味に、偶然に、それが起こったというのは想像にすぎません。


このプレゼントをどう扱うのか、それだけが問われていると言えるのではないでしょうか。


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