危険性とは速度に対応できないことにある


未知の伝染病により重篤な症状に陥った者を助けるには通常はワクチンを開発する必要があります。
ワクチンの開発に少なくとも数年かかるのに対して、感染から72時間で死亡するような病原菌であれば手の打ちようがありません。


あらゆる事故や災害で危険なのは、速度に対応できないことです。


逆に言えば、危機回避とは、対応速度を上げることです。


遅くなる要因は、どういう場合も似通っています。
何かを掴み、握り、お荷物を抱えているんです。


「着の身着のまま」で飛び出すことをしない精神状態を考えるとわかりやすいです。


所有物のなかでも大切なものを保持しなくてはならないと考えているから遅くなるわけです。


人と足並みを揃えようとしても遅くなりますね。


全滅しやすいのは、みんなが同じ方向を向いているときです。また向けようとしているときです。
こういうときは、変わった方向を見ている者がいるほうが生存確率は上がります。
というか、本来の自分の指向性を素直に認めるなら、みんなそれぞれ個性的です。


スピード、個性。


危機回避はこれらにあります。



ストーリーの一部に「組み込まれた」わたし像と同化しない


人生が人形劇みたいなものだとすると、人形劇のなかの人形は、一瞬たりとも、生まれてから死ぬまで人形であることから逃れられません。


1秒だけ逃れることができる、とかはないんです。


生まれた以上、死ぬ宿命です。全員です。


ですが、この人形に「気づいている何か」は最初から人形ではありません。
この人形劇という牢獄に組み込まれた人形と違って


「組み込まれて」いません。


一生組み込まれているのは人形であって、その何かは組み込まれていません。


組み込まれていると勘違いしやすいですが、
決して組み込まれていない側があなたです。


ここからが重要ですが、
あなたは一日に何回ぐらい、「組み込まれていない側」だと認識しているでしょうか?


人形は一生組み込まれているため、
「組み込まれていない側」であることを覚えていることは不可能です。
事実組み込まれているんですから。


「組み込まれていない側」だと認識する習慣は、ある一定の線まで熟達すると
「組み込まれているという視点」こそ断続的に介入してくる雑音であるという認識に


逆転します。ひっくり返ります。


わたしたちは物事の順序を、錯覚していたんです。
内と外の構造を、さかさまに捉えていたんです。


この説明が、「いかに通じにくい」ものであるかは熟知しています。
自分の経験から熟知しています。


デフォルトの視点(そこに立つのに何も必要としない視点)。


このデフォルトを見失っているのが現代人であり、現代人の日常生活の視点は、
「ストーリーに永遠に組み込まれた人形の視点」です。






この日のしゃべり豪華で好きなんです。また明日です。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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