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愛がほしかった(フィオラの意訳)


冷たい言動・態度・無視、そういうものを正しく翻訳すると


「愛がほしかった」


という表明です。本人がその源に気づいていないため
愛のない感じを表に素直に体現しています。


この愛がほしかった、を間違って受け止めているからあなたたちは憎んだり、いがみ合ったり、悪魔がいると想像したりします。


兄弟姉妹の叫びを正しく翻訳し、
同じように自己の魂の叫びも聞くことです。


自分が、兄弟姉妹に冷たい言動・態度・無視をするときが一瞬でもあるなら


「愛がほしかった」


と叫んでいるわけであり、愛の不足を内面で感じている証拠です。


わかりますか。


内面に愛があるか、愛のない感じがあるか、
それがすべての起点なのです。


円舞、あなたがあなたとともにあることは、あなたが最初に愛の火を点すのはあなた自身だということです。


選ぶのです。


「わたしはあなたとともにある」


「愛がほしかった」


どちらを叫びますか。



フィオラが大好きな彼の洞察です。
このなかの、


いま現に、あるがままの姿(現実・事実)と、あるべき姿(観念・理想・理念)のあいだの矛盾・葛藤に 莫大な量のエネルギーが費されています。 この矛盾が無くなったなら― つまり、瞬間的・心理的に反対物を作り出してしまい、 そこへ移行しようとすることによって、事実あるものを見ない、ことを止めてしまったなら― 変容に必要なエネルギーは充分に存在するのです。 この反対物のあいだの闘いが、エネルギーの浪費を引き起こしているのです。


この点が重要です。
瞬間的に反対物を作り出してそこへ移行しようとする態度(事実あるものを見ない態度)によって、変容に必要なエネルギーが浪費され、変容に失敗してしまう事態を引き起こすこと。


これが一時的な「遅れ」です。いずれ誰もが帰還するけれども、この遅れの構造は理解しておくほうがいいはずです。AとBに物事を分割してから喧嘩するタイプ、それは微妙に、瞬間的に、抵抗しているタイプなんです。


変容が起こらない気がするのは、反対物を構築する態度を放棄していないからです。


より良い明日を夢見る態度と言うんでしょうか。


本来ポジティブな態度として奨励されるんですが、輪廻の循環を断ち切るためには、一度これを「あるがままに絶望する」境地まで落っこちる必要があるんです。
これがケン・ウィルバーの立ち去りつづけてしまうの記事で言いたかったことです。


これが崖から飛び降りるジャンプです。崖までは誰でもいけるんです。行き方の方法論すら氾濫しています。でも、崖からジャンプできるかどうかは人によるんです。本人だけが決める問題だからです。


ちょっとでもやりたいこと、試したいことが残っていれば、こういう言葉に触れることはできても理解はできません。本人の願うタイミングではないからです。


七面鳥の詰め物の過程なんです。炎につつまれる前に、本人が納得のいくまで詰め物をするのであって、それは栄光の道です。


あなたの個性と経験は、神の栄光です。
答えに行き着いてわかるのは、もう答えだったということ。
だから全員のいまが、答えだということです。
現在進行形の輝く炎、答えなんです。


苦しみたくない場合は、苦しむ必要はありません。
「逃げない」という選択ができることを全身全霊で体感から思い出していただければそれでいいんです。


4文字です。逃げない。「キリスト(救世主)」です。



囚人の荷降ろし


人類が最もソフトに転換するには。
ホ・オポノポノの創始者が刑務所内で自己のみのクリーニングを行い囚人全員を変容させてしまったように、


「他人のことに構わず(他人のせいにせず)、自己を愛する責任をまっとうすること」


ではないかと感じるようになりました。
こういう日記を書いていると、ときどき思うんです。


どうしてもっと「愛」から言葉を発することができないんだろう、もっと愛を!もっと愛を放射しなくちゃ!いまの表現は人を傷つけてしまったかもしれない、どうしよう。ああどうしよう!(こういうのも面倒な人ですよね)


どうしてもっと「愛」から言葉を発することができないのか。
内面に愛の不足を感じているからです。


愛は不足するでしょうか?いいえ。不足しません。
だから「寄り添って」ないんです。自己の魂に寄り添ってないから愛の不足を感じるんです。


世の中を変えたい!その一心で!
先日書きましたがそれは怪しいんですね。地下街に無頓着なんです。


正義感とか?道徳とか?そんなことを振りかざす前に
自己が自己を愛する責任をまっとうしているか見ること、自己に寄り添うことが全体のためなのかも知れませんよね。






愛する人と永遠に会えないという想像は事実から最も遠い地上の想像です。
地獄がある、と想像するのと一緒です。そういう嘘も蔓延しています。
(一時的に体験を地獄だと感じ、拒否し、悪循環にはまるあり方は地上では存在します)


これを伝える者もいますし、伝えない者もいます。


人は、愛する者と離れることはありません。神の名において、永久の愛につつまれています。
わたしはこれを伝えてくださる諸先輩方を本当に尊敬しています。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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