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雨、波紋


瞬間に起こっていることは雨と波紋に似ていると思います。
起こって波及していきます。


それが相互に連関していて、どちらが原因でどちらが結果か、その両方かわかりません。


この全ての波紋に気づいているのは同一の主体でしょうか。


気づいているのも、気づかれているのも、同一の「存在」です。


愛しているのも、愛されているのも、同一で統合されているように。


瞬間に起こっていること全ての主体で「在る」こと。
そして客体とも統合されていることを思い出します。


主体と客体とはなかったのです。
神と人は同一の存在だったのです。



光の柱の林立


天地をつなぐ支柱とは、フィオラの言った完全覚醒者のことです。
つまり柱は滅多にあるものではありません。


が、柱たらん!という志は現実に影響します。


いま、天地をつなぐ支柱が完全形態の柱ではないにしても林立しています。


天に届いていない、または地に届いていない柱は避け、
天地に根をおろす先達の力をお借りするときです。
(借りるのに遠慮は不要です。天地に根をおろす人々は貢献以外の焦点をもっていません。逆にお金や条件をたくさん持ち出してくる人は避ければいいんです)


これは光のネットワークであり、この柱が一番いいよね?と言い合うためのものではもちろんありません。


全体善のために貢献する天の意思、地の意思に触れ、
時代を本来の個性とともに平穏から生き抜くためのものです。


ヒントは毎日必ず明滅しています。必ずです。


それをヒントとして見出す意思がなかったから見逃したんです。


わたしはいまそう思っています。



苦しみを受け止める人が苦しみの真骨頂


苦しみになればいいんです。もともと苦しみは流れるもの。
本当に苦しい、苦しみの根源は、苦しみを受け止める人を演じることです。
また演じ続けることです。


この違いは明白ですが、常識がこの明白な真実に蓋をします。


物事を長引かせるのは、執着です。固執です。
「私」という分離した行為者がいるっす!の「私」の演技をいつまでも「続けよう」としていること(現在進行形)が原因です。


なぜつかもうとする?
なぜしがみつこうとする?
なぜせきとめようとする?


それは「私」がいると誤解・錯覚したまま「私」の演技という余計な1クッションを入れ続けているからです。


「私」の利益を図るから「おかしく」なるんです。


「私」の利益は存在しません。図るだけ無意味な執着がカウントされます。


ニサルガダッタはなぜ本の印税の受け取りすら拒否したんでしょうか。後世の人間だけが彼の真意を図ります。賞賛されるため?


たぶん、違います。
全体の利益を図ること以上の、特効薬は、どこにも存在しないことを伝えたかったのです。


わたしがこの日記を始めてから一番嬉しかった言葉は
ハルさんとこいさんによって発せられた言葉でした。


100%愛です。あなたもわたしもそれなんです。


このエネルギーに触れている人間が「私」なく真実を告げるとき、そのやさしさは身に染みます。霊に染みます。プレゼントは感謝に満たされています。


この豊満(ブーマン)、大いなる愛の光のために生きることは最も清浄な流れに帰ろうとすることを意味しています。


一時的、意図的な物忘れをするために生まれた今生。


みんなつらいことありますよね。でも、わたしに青いイタリア人がやってきたように
あなたにも「かえりなさい」と告げる者が必ず顕れます。


それはあなたの魂の声です。






フィオラに最近言われたことで印象に残ってるのが
「ケチくさいこと言うんじゃありませんっ」です。


本当のあなたはケチではない。本当のわたしはケチではない。


その「私」に利益を。我田引水の振動は非常に低くて、現在の地球の振動域に合っていないということです。


この動画の「こいつやらないな」というManaさんの発言に笑ってしまいましたが、これは実際恐ろしいことです。


行為者が、全体のためにボランティアするとは違うんですね。


「行為者がいないから、やることなすこと全体の意図と一致している」


これが現在の主流となりつつあるという主張です。



この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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