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内側と外側をパッと無くし、私がいないことだけを痛感する その2


こんばんは。大切で微妙なニュアンスの点が含まれてきますので、フィオラの意見を聞きながら書きます。


あの世からこの世へと誕生するとき、人はエネルギーの転換を起こしているそうです。
この世からあの世へ戻るときも同じです。
人間として活動していくために受肉し、幼少期からマインドの使用にも徐々に慣れていきます。


この「転換」を逆に辿らなければならない、そうです。
いま、人間としての思考や欲望を処理しながら日々生活している中で、わたしたちは解放を求めています。でも人間の延長線には解放はありません。


人間モード→空間モード


に「反転」するようなシフトを辿る必要があるんです。
この点を強調するのはフィオラの意思です。


なぜかというと、人間は人間モードのまま「なんとかしよう」とするからだそうです。


空間モードというのが、よくこの日記でも使った単語である「無想」のモードです。
空間は想念を発生させていないからなんです。
想念も、努力も、私も、ありません。


想念を発生させない「状態」ではありません。
よく誤解が生まれますが、部屋に入って静かにするよう努力するとか、沈黙するよう努力するとかいう人間の行為ではありません。


「生まれてから今まで、想念を発生させたことが一度もない空間」に転換することが空間モードです。


本当はこの空間こそがわたしたちなのですが、わたしたちはそれを完全に忘れています。
実感から忘れていますので、想像すらできません。予想できる人物もいません。


空間モードへの反転は時間はかかりません。
慣れれば1秒もかからずにできます。
でも、それが人間モードからは予想のつかない「転換」であることを強調しています。
人間モードの延長でいくら努力しても、解放はどこにも存在していません。


転換ができた証拠を自分の中で発見できなくては、時間をかけても報われないことをフィオラは強調しています。


転換ができた証拠とは「くつろぎ」「ゆるみ」です。


これが一回一回感じられない場合は、転換に失敗しているんです。


これは基本中の基本ですが、押さえることを忘れると盛大に転びます。


内側と外側をパッと無くす

私がいないことを痛感する

そして「くつろぎ」「ゆるみ」を感じることができるまで「転換」する


このくつろぎ、ゆるみは、空間のスペースにより生まれる実感です。
人間モードのときは、そのスペースがないためこの感覚がありません。


抵抗の主体が存在しないため、
起こりをあるがまま起こらしめる空間


から見ているかどうかの感覚「くつろぎ、ゆるみ」の確認に徹底的に注意しなければならないということです。


人間モードとは「求めている」モードです。
空間モードとは「求めていない」モードのため


求めている(行おうとする)→求めていない(ただ在る)


転換は思っているよりも質的に大きい転換なんです。
行為者の人間モードが「わ、わたし、べつに求めてないですよ」という演技をし始めるとマズいんです。


フィオラのこの強調の主旨は誕生時と同じように解放にはエネルギーの転換が起こっていることを認識してほしいということです。






絶望の上に、誠が現れるとするクリシュナムルティは真摯だと思います。
苦しみというのは「私」の分離感覚だけだからです。


これは自分では意外です。精霊の守り人の結び目のところで書きましたけど、
つなぐ必要性を感じている唯一の分離って「私のことだったの!?私?冗談でしょ?」という結果になるわけです。


犯人が警察官のフリをして、深刻な顔で犯人を探している捜査の日々。
これは、喜劇なのか悲劇なのか。


どっちでもいいですね、不要な苦しみは終わらせましょう。
愛から切り離されていると「想像する」のをやめるだけでいいんです。
また明日です。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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