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内側と外側をパッと無くし、私がいないことだけを痛感する その7


一瞬の永遠


「永遠にのせる」ことが一瞬起こります。転換に成功すれば明らかに「異質」な広がりを感じるはずです。
あなたは永遠を思い出したのであり、例えるなら3000メートルを思い出しました。
その後すぐに限界に満ちた有限の5センチに戻ってきます。


5センチは3000メートルを概念化しようとします。
感覚が思い出せないし、自分では扱えないため、5センチが扱えるようにリサイズするんです。
それは結局5センチです。


また3000メートルを思い出しました。
5センチに戻ります。またリサイズします。疑ったりアルバムに貼りつけたり。
それは結局5センチです。


この行ったり来たりをしていては解放は起こりません。
断固として3000メートルにとどまるしかありません。


同一のレベルで統一するしかありません。


ニサルガダッタ
もっとも重要なことは、目的地とそこへの道が異なったレベル上にあってはならないこと、生活と光が調和すること、行いが信条を裏切らないことといった矛盾から自由であることだ。誠実さ、清廉さ、完全性と呼んでもいい。後戻りしてはならない。やり直しはできない。一度征服した地を、離れたり見捨てたりしてはならない。目的に向かうねばり強さと、それを遂行する真剣さがあなたを目的地へと導くだろう。


一瞬の永遠とは、永遠です。


思考と感情にそのような永遠性がないことは誰もが熟知しています。
本当に抜け出したいのなら、同じレベルにとどまるしかありません。


それが、逃げないという4文字の意味です。
絶望の意味です。



日本の精神的なトンネルについて書きます。


人が死亡するとき、トンネルを潜るのをご存知ですか。
一般人は黄色、幼児は青色、犯罪者は黒色のトンネルを潜ります。


ここをキリスト教徒のように「死の陰の谷」と呼ぶなら


トンネル通過中にそれぞれの霊魂の振動域によってスピードが変わるんですね。


違う振動域の魂とは、(もちろん仲良くはしたいんですが)一緒に足並み揃えては歩めないんです(住み分けというだけ)。どうしても趣味・嗜好が分かれるように細分化されていきます。


日本は今、精神的に光のトンネルを潜っています。
死後に通過するトンネルは、
生前、今この瞬間に、現在進行形で生者をも通しているんです。
(この世とあの世は鏡のように同時進行しています)


全員変容しつつあります。
特に今の時期は生前に描いていた台本・青写真の超のつく重要な時期に入っています。



このトンネルの中で、集団が既に分かれ始めている気がするんです。


日本の集団の中では、急進派と、保守派はくっきりと分かれています。
スピリチュアルの分野に興味を持っている時点で急進派とも言えますが、その中でも更に急進派がいるんですね。
また霊魂重視派と、それ以外もくっきりと「振動域」が分かれてきました。


これは優劣とかではまったくないです。


すべて趣味・嗜好の延長であり、円環の中のどのルームに入るかという違いです。
そんなもの想念だから存在しないよ、という人だってたくさんいます。


人は自由です。自分の生きたいように生きればいいんです。今までだってそうです。


でも、それを踏まえた上で書くと、
わたしとフィオラは霊魂重視かつ多分急進派です。


急進派というのは、今までの常識に100%近くこだわらない一派、
新情報で、今までの走り方を一新することを何とも思わない態度をとります。
「常に捨て身でいいじゃない」という感じです。


わたしの感覚だと、
皇最優先という点ではリーマンさんの内在神信仰と同じで、
あり方では鈴木○○さんの敬神と鉄石の魂を理想とするかっこいい理想主義者で、
気質的にはManaさんに最も近いビバ魔球派です。


ここまでの文章で一笑いとれてたら嬉しいです。
急進派というのはですね、柔軟ということです。


でも柔軟って中心がないと柔軟にはなれないんです。
中心はなにか。
それは皇です。



本筋とは関係ないですが大事なことなので、本日の
ミカエルブ○イズのガーディアン・マイケルのメッセージは重要だと感じました。


ぜひご一読いただければと思いますが、つまりですね、
この世というのはあの世での意識の上昇の「練習」のために存在しているということです。


この日の雑談でも
天国に帰れなくなったって言いましたよね、あの世対策本部は、天国に帰れる振動域まで霊性を成長させることが目的で存在しています。


この世的なものが何でもある最も低いあの世の階層「幽界」の存続はもうないと先日書きましたとおり、これからも幽界にしがみつこうとする振動域の魂は移籍が決定されています。


死の谷を歩むときに、いわゆるこれは暗黒の回廊みたいなものですが、求めないで「ただ在る」ことができないと、身近な対象に執着してあの世の階層に段階的に着陸するしかなくなるんですね。


本来は天国まで一っ飛びで帰れたはずなんです。
でもたとえば地上でものすごくお酒が好きで、お酒なしでは生きていけないと感じていたとすると、このお酒への執着が振動域を低いものにしてしまい、帰れなくなるんです。


そこでお酒が何でもある幽界に着陸して、アルコール依存を徐々に忘れてもらうしかなくなるんです。でもアルコール依存は幽界では治りきらず(治し方がないわけではないです。地上のアルコール依存症の人を立ち直らせることに協力すれば少しずつですが軽くなるそうです)。地上では治療できますが、幽界では摩擦がないので、延々と欲しい酒が飲めてしまいます。基本転生するしかないという話になります。


物質的な執着は何でもそうです。
愛は自由にさせることですから、掴もうとする態度とは真逆です。この状態では天国には帰れません。


これが大きな問題かと言うと、別に大きな問題ではありませんでした。今までだったら。
でも、地球のアセンションが決まっている現状では、アルコール依存したまま今死にますと移籍の可能性があるとわたしは思っています。移籍して3次元でやり直すのが悪いのか?と言えば別に悪くないです。でもそんな苦労をやり直すのが冗談じゃないと思うんだったら今できることは今治したほうがいいのかもしれません。


今生きている人が、何かの中毒を治したり、執着を取り除いたり、ただ在るあり方をマスターしたりするのはタイミング的にも本人と所属グループ(霊団)にとってはかり知れない恩恵となりえると思います。






想念こそが、困難なのだ。


この自分に、ありのままのみんなに、今日をありがとう。
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