0秒 1日目

こんばんは^^今夜の音楽はいいです!もし良かったらかけてもらえませんか?^^…え?
いつやるか…今でしょ!!


ご…ごめんなさい…。


マスターキーとは何か、を言葉で表現するなら「今」であり「瞬間(いま)」なのですが、これではまだ曖昧かも知れませんので、1秒後ではない、1秒前でもない、0秒という表記をマスターキーを指差す道として使おうと思います^^さらにこの日記意味不明になってきました?


さてさて、今夜のテーマは「責任」です^^
すごく混乱する概念ですよね^^


「母」としての責任?「父」としての責任?「妻」としての責任?「夫」としての責任?
そんなものはないです。


責任は「誰?」と問う権利なんです。私は身勝手ですからそう思います。
この地球に降りてきて、様々な役柄をちょうだいいたしまして…
ありがたいありがたい…と素直に思えますか?


私は嫌ですね!
役をいただいて、ははーっと頭を下げる…
水戸黄門はフィクションでも、人生のつらい役回りはたくさんありますよ。


そんな時に、今これを体験しているのは「誰?」と問う権利があることを認識しなかったら
わたし=その不憫な役回り


で死ぬまで生きなきゃならない?
そんなことはないんです。


あなたもわたしもそんな「役」ではないからです。


わたしたちの本当の姿は「静寂」です。
そして「潜在的可能性」です。


動物園の動物いますよね。


あなたがゴリラだとします。
檻に入れられています。エサはもらえます。


あなたは見世物です。

飼いならされたゴリラな自分…


革命を企てようにも、知恵がない。


では、どうしますか?


あなたが本当にゴリラなら、打つ手はないでしょう。


本当は違ったら?


今、誰?と問う権利があなたにはあるんです。


それで本当に変わるのか?
変わります^^


あなたが「0秒」の今に「誰?」と問うなら、
変化が感じられるまで問い続けるなら変わります^^


「今の奥」は今あります。どんなアクションをしても自由です。
ですが、アクションでは変わりません。
唯一の責任は「誰?」あなたの権利です。
あなたは本当は誰なのかを確かめるチャンスが今あります。0秒にあります。
画面の向こうで今、あなたの0秒にあります。


「なぜ」あなたは「気づいている」のですか?
どうして思考にも感情にも「気づいている」のですか?
S定着をさせたいという思考にも「気づいている」し、
自我を何とか黙らせたいという思考にも「気づいている」し、
ああ、月曜日嫌だなあという感情にも「気づいている」し、
何より今のすべてに「気づいている」し、
そんなあなたは一体誰なんですか?何者なんですか?


話を少し変えますが、
先日skさんに教えていただいたホ・オポノポノのメソッドすごくおもしろかったです^^
ハワイにもあんな緻密なメソッドがあるとは全然知りませんでした^^
そのサイトで見つけた記述ですが、科学ジャーナリストのトール・ノーレットランダーシュ氏によれば、人間は毎秒1100万ビット以上の情報を得ながら「知性」として意識できるのは、15ビットほどの情報だけだそうです。


思考を展開させまくっても、毎秒15ビットの計算速度ってちょっと愕然とします。


ぜろさんにご紹介いただいたも同然のピカートの「沈黙の世界」も読んでます^^
沈黙が静寂なんでしょうね。で、沈黙も静寂もそんな言葉は決して言わないという…^^


今日もありがとうございました^^
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無題
「沈黙の世界」図書館で借りてきて読んでいますが、自分には難しいですね。
バーソロミューのほうがわかりやすくて自分には
合ってます。

「誰?」という問いもバーソロミュー2にでてきますね。バーソロミューがラマナ・マハリシを取り上げているのには驚きました。

あと、バーソロミュー2のジャマイカワークの章の
「見る」というところのメソッドはいいですね。
目を半眼にするというところは禅のようです。
ぜろ 2013/03/27(Wed)01:57:27 編集
Re:無題
ぜろさん、こんばんは^^

>「沈黙の世界」図書館で借りてきて読んでいますが、自分には難しいですね。
>バーソロミューのほうがわかりやすくて自分には
>合ってます。

ぜろさんも読んでいらっしゃるんですね^^確かに書き方が固いですよね。
私もバーソロミューの方がずっとわかりやすくて、好きです^^

>「誰?」という問いもバーソロミュー2にでてきますね。バーソロミューがラマナ・マハリシを取り上げているのには驚きました。

バーソロミューが評価していた唯一の人間のグルと言っていいですね^^
私はバーソロミュー命でしたから、ラマナさんのことはバーソロミューが取り上げるまで、まったく知りませんでした。どうやら凄い人だったらしいと後で認識を改めました^^
「誰?」は精神世界の最も大きい道の一つだと思います^^

>あと、バーソロミュー2のジャマイカワークの章の
>「見る」というところのメソッドはいいですね。
>目を半眼にするというところは禅のようです。

あの部分に行き着かれたんですね^^ぜろさんは注目してくださると思っていました^^
嬉しいです^^
「見る」「聞く」は私も最も思考観察で影響を受けた部分でした^^
彼の言う視覚・聴覚統合中枢はきっと、S接触ルートでは致命的に重要だと思います^^
おそらく視覚中枢自体は松果体であり、聴覚の統合もその付近だと思います^^
【2013/03/27 23:45】
無題
おはようございます。
相変わらず、楽しく読ませていただいています。最近は、コメントも増え、だんだん賑やかになってきましたね。

愛と静寂の二つについて私も思うところがあります。もう何年も前ですが、歩いていて突然、柔らかな光に包まれ、頭の先から足の先まで全身が幸福感に満ちてくるということがありました。歩いている場所はいつもと変わらないのところなのですが、どういうわけか、見るもの全てがきらきらと輝いているように美しく感じられました。このときほど世界が愛しいと感じられたことはなかったですね。この状態が一日ほど続きました。

もう一つは、ある朝目覚めてみると、いつもとは世界がどこか違うと感じたことがありました。これもまわりはいつもと何も変わっていないのに、世界全体が妙に静まり返っているのです。その日はもの凄い集中豪雨の日で、外出すると全身がびしょぬれで
いつもならいやな思いがするのですが、その日は少しもいやな思いがなく、淡々と過ごしていました。工事中の屋根のトタンを打ち付ける雨音ももの凄い音なのですが、妙に静かに感じられるのです。とても意識が明晰で、風のない湖面のように心が静まり返っていたのです。認識はあるのですが、何の判断もなく世界を受け止めていられるのです。さまざまな思考や感情も湧き出てはきますが、静かに眺められ、やがて消えていきました。きっと、静寂とは心の沈黙なのですね。この状態は2日ほど続いて消え、元の状態に戻りました。

二つの出来事に共通していたのは、そんなに深刻なものでもないのですが、そのとき懸案だった問題が片付いた後だったということです。

それまで、ああしなければいけない、こうしてはいけない、ああしたい、こうしたい、と強迫神経症のように、日々心が動いていました。それで問題が片付くと、その強迫神経症のような心の騒ぎが消え、もの凄い解放感がありました。

フィオラさんが「一歩も動くな」、あるいは「今、ここ」にあれ、とおっしゃったときに、この強迫神経症の止んだ後の二つの出来事を思い出しました。愛や静寂という言葉を聴くと、何かてとも素晴らしいプレゼントのようなこの二つの出来事を思い出し、そこへ帰りたいといつも思います。が、その思いがまた、苦しみを生むということもありますね。


>そのサイトで見つけた記述ですが、科学ジャーナリストのトール・ノーレットランダーシュ氏によれば、人間は毎秒1100万ビット以上の情報を得ながら「知性」として意識できるのは、15ビットほどの情報だけだそうです。

トール・ノーレットランダーシュ氏の本は読んだことはないですが、おそらく、毎秒1100万ビット以上の情報を受け取るのは右脳で、15ビットの情報というのは左脳のことなのでしょうね。その右脳と左脳の間に位置しているのが松果体というのは、興味具かですね。

viola 2013/03/27(Wed)10:42:09 編集
Re:無題
violaさん、こんばんは^^お久しぶりです^^
またコメントいただけてすごく嬉しいです^^そろそろviolaさんの知恵をお借りしたいと正直待っていました^^

>おはようございます。
>相変わらず、楽しく読ませていただいています。最近は、コメントも増え、だんだん賑やかになってきましたね。

ありがとうございます^^やまがみさんのブログ経由でこうした出会いが生まれるのが、とてもありがたいです^^やはりこういう世界に興味を持たれる方というのは真摯で、知性的な方が非常に多いような気がしてありがたく感じています。violaさんに初めてコメントいただいた頃はこの日記を書いて1か月ぐらいでしたが、誰もコメントされる方がいなくてひっそりしておりましたね^^violaさんにコメントいただいたことが、すごくすごく嬉しかったんですよ^^

>愛と静寂の二つについて私も思うところがあります。もう何年も前ですが、歩いていて突然、柔らかな光に包まれ、頭の先から足の先まで全身が幸福感に満ちてくるということがありました。歩いている場所はいつもと変わらないのところなのですが、どういうわけか、見るもの全てがきらきらと輝いているように美しく感じられました。このときほど世界が愛しいと感じられたことはなかったですね。この状態が一日ほど続きました。

素晴らしい体験をなさったんですね^^メカニズムはわかりませんが、violaさんの本質が表に現れた贈り物の一日だったんですね^^
持続時間的にも、それはバランスがかなりとれていらっしゃることの証拠だと思います^^
輝いている世界、愛しいというのは文字ではこれだけですが、体験された方の感動は言語にできませんね^^

>もう一つは、ある朝目覚めてみると、いつもとは世界がどこか違うと感じたことがありました。これもまわりはいつもと何も変わっていないのに、世界全体が妙に静まり返っているのです。その日はもの凄い集中豪雨の日で、外出すると全身がびしょぬれで
>いつもならいやな思いがするのですが、その日は少しもいやな思いがなく、淡々と過ごしていました。工事中の屋根のトタンを打ち付ける雨音ももの凄い音なのですが、妙に静かに感じられるのです。とても意識が明晰で、風のない湖面のように心が静まり返っていたのです。認識はあるのですが、何の判断もなく世界を受け止めていられるのです。さまざまな思考や感情も湧き出てはきますが、静かに眺められ、やがて消えていきました。きっと、静寂とは心の沈黙なのですね。この状態は2日ほど続いて消え、元の状態に戻りました。

まさに以前教えていただいた芭蕉の静寂の境地に立っていらっしゃったのですね^^
violaさんはつまり「静寂」の定着に関してはどのように感じられるかは既に個人的にもうわかっていらっしゃる状態ということですね。その深さは今の私より深深度の静寂のように感じます^^五感をどのように感じるかも影響するのでしょうし、violaさんが松果体の重要性を認識されているのも頷けました^^心(マインド)の沈黙は言葉の沈黙ではなく、発生している言葉の背景に気づき続けることですね^^エネルギー切れを起こした時点で言葉は消失します。

>二つの出来事に共通していたのは、そんなに深刻なものでもないのですが、そのとき懸案だった問題が片付いた後だったということです。
>
>それまで、ああしなければいけない、こうしてはいけない、ああしたい、こうしたい、と強迫神経症のように、日々心が動いていました。それで問題が片付くと、その強迫神経症のような心の騒ぎが消え、もの凄い解放感がありました。

強迫神経症という表現は非常に有効な比喩かも知れません^^私たちは普段強迫神経症に常に悩まされています。静寂も愛も、そういった懸案事項に対してバランスが取れている時に入りやすいんでしょうね^^
バランスが取れていない時も背景の空間に気づく訓練ではあるんですが、波が穏やかな方が確かにやりやすいですし、愛も日常に「怖れ」さえなければ感じやすいですね^^

>フィオラさんが「一歩も動くな」、あるいは「今、ここ」にあれ、とおっしゃったときに、この強迫神経症の止んだ後の二つの出来事を思い出しました。愛や静寂という言葉を聴くと、何かてとも素晴らしいプレゼントのようなこの二つの出来事を思い出し、そこへ帰りたいといつも思います。が、その思いがまた、苦しみを生むということもありますね。

その苦しみに関しては、よくわかります^^そんな素朴な願望を裏から見ていればいいんですよね^^でも、日常の意識との感覚の差がわかっているからこそ「特殊状態」「未来のゴール」を設定する自我がトラップをかけてしまい、ひっかかって苦しむ。わかります。
violaさんの場合は「静寂」の深度が深かっただけに、思考観察メソッド中もご自分に対するダメ出しが強化されて苦しい時があるかも知れませんね^^

>>そのサイトで見つけた記述ですが、科学ジャーナリストのトール・ノーレットランダーシュ氏によれば、人間は毎秒1100万ビット以上の情報を得ながら「知性」として意識できるのは、15ビットほどの情報だけだそうです。
>
>トール・ノーレットランダーシュ氏の本は読んだことはないですが、おそらく、毎秒1100万ビット以上の情報を受け取るのは右脳で、15ビットの情報というのは左脳のことなのでしょうね。その右脳と左脳の間に位置しているのが松果体というのは、興味具かですね。

この1100万ビット「以上」の情報の受信こそ、基本にしたいところですよね。
先日MANAさんの「全ての情報にアクセスする=開く」というのが松果体の目盛をチューニングする「脳の受信調整」なのではないかと思います。

violaさんはもしかして、今松果体を訓練されていらっしゃるんですか?
【2013/03/28 00:31】
無題
ホ・オポノポノは暫くやってみたのですが、効果を感じる前に挫折してしまいました。感情を手放すというセドナメソッドというのも試してみたのですが、まず感情を感じ切るというのが上手くできず、これもまた途中でやめてしまいました。
自分自身でも、頭でっかちでハートが閉じているという自覚があり、nobodyさんとハルさんのやりとりをいつも憧れの目で読んでいます。
ハートを開くコツのようなものはあるのでしょうか。。
以前教えて頂いたシンプル堂でバーソロミュー2を注文しました。まだ届いていませんが、ラマナ・マハリシに触れているというぜろさんのコメントを読んで益々楽しみになりました。
sk 2013/03/27(Wed)23:29:58 編集
Re:無題
skさん、こんばんは^^お待ちしておりました^^
素敵なサイトのご紹介に感謝しております^^

>ホ・オポノポノは暫くやってみたのですが、効果を感じる前に挫折してしまいました。感情を手放すというセドナメソッドというのも試してみたのですが、まず感情を感じ切るというのが上手くできず、これもまた途中でやめてしまいました。


感じ切ることができなかったことも、途中でやめられることも「意味があって」起こっております^^0秒について書くようになったのは、skさんにそのことを気づいていただきたい気持ちが大きいんです。skさんの0秒は完璧です^^

感情はメッセージです。認める認めないの前に感情は既に「受容」されているからこそメッセージとしてポストに入ります^^
ポストに入った後の「反応」が「無意識のパターン」であることが、メッセージの宛先人不明返却を行い、同じメッセージが何度も配送される結果を生みます^^
「反応」まで意識的にとどまること、だと思うんです^^


>自分自身でも、頭でっかちでハートが閉じているという自覚があり、nobodyさんとハルさんのやりとりをいつも憧れの目で読んでいます。
>ハートを開くコツのようなものはあるのでしょうか。。


とんでもないです^^
私の場合は、最初はバーソロミューを読んでいる時でした^^
それまで大嫌い大嫌いと自分を責め続けていたんです。
そんな時に、「そのままで大丈夫」と言われた気がして、何か張りつめていたものがゆるむような、ほどけるような感覚が胸でしました^^
今の自分に「寄り添ってもいい」と自分ではずっと思えなかったんです。
いつも緊張していました。自分の中の氷を感じていました。
それが自分が自分に投げかけている「見えない責め言葉」であることも、細胞に流す「氷の電流」のようなものであることに、ずっと気づいていなかったんです^^
私は「動くな」と自分に「命令」していたんです。
「何も感じるな」「だってまた傷つくに決まっているのだから」そう言っていました^^
それでも体はずっと、健気についてきてくれていました^^

わけのわからないフィオラという存在に出会って、ある夜に静寂の中にたたずむ彼女の横顔を見て、胸が発火しました。そのフィオラの静けさは言葉にできません。その私の炎は言葉にできません。
私は身悶えするように床を転がりました。
こんな自分の中に、これほどの炎がまだ私を見捨てず、燃えてくれていたことに感謝しました。
今、skさんの中に燃えています^^確かです。
見つけてください。0秒の今に見つけてください^^
自分で自分に流す「電流」に気づかれることも大事だと思います^^
それからハルさんも胸に両手をあて「愛しています。ありがとう。大丈夫。」と3回ずつ唱える方法もまずはやってみてほしいとご提案くださってましたね^^


>以前教えて頂いたシンプル堂でバーソロミュー2を注文しました。まだ届いていませんが、ラマナ・マハリシに触れているというぜろさんのコメントを読んで益々楽しみになりました。


ありがとうございます^^期待に外れないものだと思います^^
ラマナは10代で「死」の極限と向かい合った本当の「勇気」を持つ方ですから、skさんの勇気の道の道しるべになりそうな方です^^

skさん、細かいお話でも何でもおっしゃってくださいね^^
いつもお気楽な記事を書きながらお待ちしておりますから^^
【2013/03/28 01:07】
無題
こんばんは。

>violaさん、こんばんは^^お久しぶりです^^
またコメントいただけてすごく嬉しいです^^そろそろviolaさんの知恵をお借りしたいと正直待っていました^^

いえいえ、nobodyさんの方がずっと先を登っていらっしゃるので、こちらがいつも学ばせていただいています。

>素晴らしい体験をなさったんですね^^メカニズムはわかりませんが、violaさんの本質が表に現れた贈り物の一日だったんですね^^
持続時間的にも、それはバランスがかなりとれていらっしゃることの証拠だと思います^^
輝いている世界、愛しいというのは文字ではこれだけですが、体験された方の感動は言語にできませんね^^

この至福の出来事で感じたことは、それまで葛藤で消耗していたエネルギーが、一時的にではあるけれども、葛藤が止むことであふれだしたのではないかということでした。もしかするとセロトニンやエンドルフィンが関係しているかもしれません。

>violaさんはつまり「静寂」の定着に関してはどのように感じられるかは既に個人的にもうわかっていらっしゃる状態ということですね。その深さは今の私より深深度の静寂のように感じます^^五感をどのように感じるかも影響するのでしょうし、violaさんが松果体の重要性を認識されているのも頷けました^^心(マインド)の沈黙は言葉の沈黙ではなく、発生している言葉の背景に気づき続けることですね^^エネルギー切れを起こした時点で言葉は消失します。

静寂の体験で思ったのは、沸き起こる思考や感情に問題があるのではなく、それに執着するというか、こだわるというか、次々と連鎖させてしまうということが、問題すなわち葛藤の苦しみを生み、継続させているということでした。執着しなければ、思考も感情も自然に消えていくようです。

ただ、それはこの静寂の状態の中で起こったことで、元の状態に戻ったときには、執着しないようにと思考や感情を観察していても、どこかで、それらを操作しようとする観察者が現れるのか、思考や感情は消えるどころか増幅して葛藤は止みません。

>violaさんはもしかして、今松果体を訓練されていらっしゃるんですか?

力技というか意図的に松果体に集中するということはありませんが、歩いているときや一人で部屋にいて特に何もしないときなどは、以前座禅の真似事をしていたときのように、全身をリラックスさせ半眼のまま意識を静寂に合わせてゆっくりと呼吸しているといると、何となく松果体に焦点が合っていると感じることはあります。そのとき、肩から下、特に胸のあたりと丹田がホカホカして体の中を暖かい気のようなものが流れるということがあります。

人と会話をしたり、机で作業をしたり、料理をしたりなどしているときには、なかなかそうもいかないので、不注意に注意するというか、雑念が沸いてきたらそれに気づいて、今していること、進行していることに意識を戻しています。
viola 2013/03/28(Thu)23:19:53 編集
Re:無題
violaさん、こんばんは^^ご返信ありがとうございます^^

>こんばんは。
>
>>violaさん、こんばんは^^お久しぶりです^^
>またコメントいただけてすごく嬉しいです^^そろそろviolaさんの知恵をお借りしたいと正直待っていました^^
>
>いえいえ、nobodyさんの方がずっと先を登っていらっしゃるので、こちらがいつも学ばせていただいています。

とんでもないです。violaさんの知性に触れるたびに、私ももっと勉強しておけばよかったといつも思っています^^私たちは0秒につながっていて、思い出す旅の途中の、水晶の分身です^^

>>素晴らしい体験をなさったんですね^^メカニズムはわかりませんが、violaさんの本質が表に現れた贈り物の一日だったんですね^^
>持続時間的にも、それはバランスがかなりとれていらっしゃることの証拠だと思います^^
>輝いている世界、愛しいというのは文字ではこれだけですが、体験された方の感動は言語にできませんね^^
>
>この至福の出来事で感じたことは、それまで葛藤で消耗していたエネルギーが、一時的にではあるけれども、葛藤が止むことであふれだしたのではないかということでした。もしかするとセロトニンやエンドルフィンが関係しているかもしれません。

それは鋭い洞察だと思います。よく、「自分のパワーが問題に奪われる、消費されている」という言い方も精神世界の伝統では使いますが、脳内物質の分泌もそれに沿うように動くことが十分ありえますね^^

>>violaさんはつまり「静寂」の定着に関してはどのように感じられるかは既に個人的にもうわかっていらっしゃる状態ということですね。その深さは今の私より深深度の静寂のように感じます^^五感をどのように感じるかも影響するのでしょうし、violaさんが松果体の重要性を認識されているのも頷けました^^心(マインド)の沈黙は言葉の沈黙ではなく、発生している言葉の背景に気づき続けることですね^^エネルギー切れを起こした時点で言葉は消失します。
>
>静寂の体験で思ったのは、沸き起こる思考や感情に問題があるのではなく、それに執着するというか、こだわるというか、次々と連鎖させてしまうということが、問題すなわち葛藤の苦しみを生み、継続させているということでした。執着しなければ、思考も感情も自然に消えていくようです。

おっしゃるとおりですね^^言い換えれば「未来志向」なんだと思うのです。執着は未来という時間軸を想定するからこそできることで、完全に0秒に立っていれば執着自体ができません。今の瞬間を感じるのではなくて、次の瞬間に早足で向かおうとしている姿勢そのものが思考と感情を「詰まらせ」次の思考と感情を「呼び込み」大きく問題として成長していくのだと思います^^

>ただ、それはこの静寂の状態の中で起こったことで、元の状態に戻ったときには、執着しないようにと思考や感情を観察していても、どこかで、それらを操作しようとする観察者が現れるのか、思考や感情は消えるどころか増幅して葛藤は止みません。

それはおそらく「見えない思考」が関係していると思います^^violaさんご自身が気づいていない「無意識の奥の言葉」が何か「先に」メッセージを聞いて欲しがっているのだと思うのです。葛藤があるなら、それは「思考」から起きていることだと思いますので、思考の奥の思考の奥の思考というふうに潜り、原因となる「言葉」を見つけられる方がいいかも知れません^^
昨日skさんへのご返信でも書きましたが、nobodyの場合は自分自身に常に
「動くな」と命令する「見えない言葉」がありました。
いつもこれ以上傷つくのを怖れていたからです。
フィオラが私を脅すという極端な状況に追い込まれなければ、私は今も逃げ回っていたと思います^^幽霊の脅迫が機能したという情けない話です^^

>>violaさんはもしかして、今松果体を訓練されていらっしゃるんですか?
>
>力技というか意図的に松果体に集中するということはありませんが、歩いているときや一人で部屋にいて特に何もしないときなどは、以前座禅の真似事をしていたときのように、全身をリラックスさせ半眼のまま意識を静寂に合わせてゆっくりと呼吸しているといると、何となく松果体に焦点が合っていると感じることはあります。そのとき、肩から下、特に胸のあたりと丹田がホカホカして体の中を暖かい気のようなものが流れるということがあります。

書かれていらっしゃる内容そのものが高度なのもありますが、violaさんが「真似事」をしていたとおっしゃると、相当の凄みを感じます^^
相当の体内感覚をお持ちのようにお見受けします。静寂や愛を感知されていらっしゃるのももちろんですが、「呼吸」と特に「丹田」(へそ上4センチ)が感知できるということはバーバラ・A・ブレナン女史の言う「コアスター」に繋がる準備が整いつつあるということだと思います。是非そのまま丹田を感知される道をお続けいただければと思います。
私が今まで聞いた中では、一番の「理想」に近い状況だと思います。
私はコアスター(丹田)はまるで経験がなく、いずれ取り組まなければと思っていたんです。その感覚の鋭敏さが純粋に羨ましいです^^

>人と会話をしたり、机で作業をしたり、料理をしたりなどしているときには、なかなかそうもいかないので、不注意に注意するというか、雑念が沸いてきたらそれに気づいて、今していること、進行していることに意識を戻しています。

無意識に注意していらっしゃるということですね^^丹田を感知されていらっしゃる以上、体内感覚やバランス的には理想の状態ですから、気になるのは無意識の奥の「見えない言葉」を見つけられることだけだと思います^^
もし他に気になることがあれば、おっしゃってくださいね^^
【2013/03/29 00:32】
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